次世代モバイル通信"5G"とは?【第5回】MWC19 Barcelonaで浮かび上がる5Gのキラーユースケースとは?

MWC19 Barcelona会場のエントランス。テーマは「INTELLIGENT CONNECTIVTY」

2019年2月25日から2月28日まで、スペイン・バルセロナでモバイル業界最大の展示会「MWC19 Barcelona」(今年からMobile World Congressという呼称ではなくなりました)が開催されました。今年のMWCは、2018年12月に米Qualcommが、2019年2月に中国Huaweiが、それぞれスマホ向けの5Gモデムを発表したことから、5G対応スマホや、将来5Gモデムを実装する機器・端末を用いた現実的なデモが繰り広げられました。

5Gチップを発売した米Qualcommの展示ブース

会場で目立ったのは「5G対応」をうたう機器群と「World's first 5G~」の文字。機器メーカーとソリューションベンダーは、折りたたみ式や拡張モジュールを装着できるといったスマートフォンの形状・使い勝手や、最新のAR(拡張現実)技術を取り込んだスマホアプリなど、新規性のある展示内容で5G対応の価値を高めようとしていました。

韓国Samsungの5G対応スマホ「S10 5G」の展示コーナー
米Motorolaの拡張モジュール対応スマホ「moto z3 play」の展示コーナー
韓国LGの5G対応のARアプリの展示コーナー

ただし、5G本来の通信能力を求めているのは、これまでMWCの主役だったスマートフォンではありません。この連載の第一回で紹介したように、5Gがターゲットとするのは、「2020年代の社会を支えるモバイルネットワーク」です。4Gが「スマートフォンのための通信技術」として活躍したように、5Gは「すべての端末とすべてのアプリケーションのための通信技術」として利用されることになるわけです。実際、MWCの会場にも、スマートフォンとは別に、さまざまな“未来の5G端末”が提案されていました。
5Gは、さまざまな利用場面(ユースケース)を想定し、それぞれの場面にふさわしい通信性能を発揮できるように仕様が決められてきました。いくつものユースケースを想定して仕様が策定されてきた関係で、5Gのすべての通信能力が求められ、多くの人々が実現を期待するユースケースといったものはなかなか見えていないのが実情です。
それでも今回のMWC会場で取材を重ねる中で、「これが5Gの普及を加速させるのではないだろうか」と感じさせる“キラーユースケース”といえるものを二つ見つけることができました。今回はこのキラーユースケースを紹介したいと思います。

ドローンタクシーと自動運転車、高速移動する乗り物が求める5G

MWC19 Barcelonaで見つけた一つ目の5Gキラーユースケースは、「次世代モビリティ」です。モビリティは、人やモノの移動能力を指す言葉ですが、次世代モビリティでは自動運転機能を備える乗り物が主役になります。この乗り物は、低遅延通信を実行しながら高速移動します。そしてそのような環境でも安定した通信、途切れない通信が求められます。これを実現できるのが5Gです。

MWCの展示会場に置かれた次世代モビリティを支える乗り物は大きく二つあります。一つは空飛ぶタクシーの機体として使われるドローンタクシーです。そしてもう一つが日本でも法改正が具体化して実用化が見えてきた自動運転車です。それぞれ、どのような乗り物なのか、実用化はどうなっているのかを見ていくことにしましょう。

ドローンタクシーは、ヘリコプターのように垂直に離着陸できる電動のeVTOL(electric vertical take-off and landing)飛行機を改良し、人を運べるようにしたものです。一般に、自動操縦するものを指します。ライドシェアリングサービスで有名な米Uber Technologiesは空飛ぶタクシーの事業化構想「「Uber Elevate」」を持っていて、同社の空飛ぶタクシー「uberAir」の「2020年の実験飛行」と「2023年の実用化」を目標に掲げています。ただし、Uberは今のところパイロットレスを前提としていないので、当初はパイロットが運転する形になるかもしれません。

MWC19 Barcelonaでは、カタールの通信事業会社であるOoredooが中国Ehang開発のドローンタクシー「Ehang216」をブース中央に展示するとともに、2018年9月に実施したドローンタクシーのデモフライトの様子をブース内のディスプレイで紹介しました。Ehang216は二人乗りで、行き先を指定すると垂直に上昇し、目的地の上空まで水平移動した後に、目的地に降下する機能を自律的に実行します。

Ooredooの展示ブース
ブース中央にEhang216が設置され、ブース上部(写真左上)のディスプレイでデモ飛行の様子を紹介した
Ooredooの展示ブースに置かれたEhang216
最大時速100km、飛行時間は最大25分。

ドローンタクシーについては、サウジアラビアの通信事業者であるSaudi Telecomもブース中央に二人乗りの試作機体を展示し、5G時代の象徴的なユースケースとして紹介していました。

Saudi Telecomの展示ブース。中央にドローンタクシーの試作機が置かれている。

ドローンタクシーの運用では、安全性を確保するために機体の位置と状況を常時管理しなければなりません。機体は管理センターとつながっていて、万一の場合は管理センターが適切な制御を実行します。このため、機体とセンターをつなぐ通信には、低遅延と途切れないことに加えて、時速100km程度の高速移動時でも対応できる性能が求められます。5Gは最大時速500kmまでの高速移動に対応できるので、センターと機体との間で安定した低遅延通信を実現できます。

ドローンタクシーの商用化はまだ始まっていません。ただ、Ooredooの他にも、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイ政府が2017年9月に試験飛行を実施し、ドイツVolocopterが2019年にシンガポールでのテスト飛行を予定するなど、実用化に向けた活動が世界中で進んでいます。ドローンタクシーの第一の課題は安全性の確保ですから、通信の信頼性を最大限に高める5Gの採用は欠かせない実用化要件となるでしょう。各社の計画を見ていると、ドローンタクシーの実用化時期は、Uberが商用サービスを開始する2023年頃になりそうです。

遠隔監視、クラウド地図、セルラーV2Xなどで5Gを求める自動運転車

ドローンタクシーと比べると実用化時期がぐっと近いのが自動運転車です。先行しているのは、完全自動運転車を用いたエリア限定のオンデマンド配車サービス。このサービスは“ロボタクシーサービス”などと呼ばれており、米国では自動運転開発のスタートアップである米Waymo、米Voyage、米Drive.ai、米May Mobilityなどが2018年からさまざまな地域で始めています。日本では2019年3月に、道路交通法と道路運送車両法の法改正実施が閣議決定されました。これにより、2020年にはロボタクシーサービスが始まることになりそうです。

自動運転車は、今のクルマが必要としていない三つの目的を達成するために高度な通信機能を備えなければなりません。
第一は、遠隔監視・制御です。特にドライバーレスのロボタクシーサービスを実施する際には、乗客の安全を確保するために必須機能となります。日本では、ドライバーレスの自動運転車の走行実験時に義務化されていますが、本番のロボタクシーサービスを実施するときも必須要件として組み込まれることになるでしょう。

第二は、ダイナミックマップの受信です。ダイナミックマップとは、高精度な3次元デジタル地図に、渋滞、事故、気象、交通規制などのリアルタイム交通情報を組み込んだ自動運転向けのクラウド地図のことです。自動運転車は、走行しているエリアのクラウド地図をリアルタイムで受信することで、自動運転の安全性を確保するだけなく、事故や規制、渋滞を回避して効率的な経路を見つけることができます。3次元デジタル地図はデータ量が多いので、大容量通信機能が必要です。

第三は、クルマ同士やクルマと信号機、クルマと交通インフラで情報をやり取りして危険を回避するためのV2X(Vehicle to Everything )です。V2Xの通信技術にはいくつか方式がありますが、最近になって4GやLTEなどのモバイル通信技術を用いる「セルラーV2X」の採用が進んできました。当然、その先には5Gを用いたセルラーV2Xがあります。危険回避は瞬間的な判断が求められるので、低遅延機能が欠かせません。

この三つの目的を確実に実行するためには、低遅延、大容量通信はもちろん、高速移動対応と途切れない安定性が求められます。ドライバーレスのロボタクシーサービスの実用化に当たっては、早期の5G搭載が求められることになるでしょう。
こうした背景もあってMWC19 Barcelona会場には、昨年に続き、今年も自動運転車がいくつも顔を揃えました。昨年は独BMWが自動運転デモを実施し、独Daimlerが完全自動運転車のコンセプトカーを紹介しましたが、今年はBMWが2021年の発売を目指す完全自動運転車のコンセプトカー「BMW Vision iNEXT」を、独SAPはスイスRinspeedが開発した車体が分離するという次世代の都市型モビリティコンセプト「Snap」をそれぞれのブースに展示し、自動運転車と通信の世界が密接に関係していることをアピールしました。例えばSAPは、SAPのIoTソフトウエア群「SAP Leonardo」をSnapに組み込んで、車両監視/検査を実行することで適切なメンテナンスのやり方を提案するソリューションを紹介しました。

BMWがブースに展示した完全自動運転車のコンセプトカー「BMW Vision iNEXT」
SAPのブースに展示されたスイスRinspeedのSnap(上) Snapの車体は居室部と走行部に分離でき、それらを入れ替えて結合できる(下、出所:Rinspeed)

このほか、英国サリー大学で5Gの研究開発を他の機関と共同で実施している5G Innovation Centre(5GIC)は、研究開発のためにスポーツカーを5G対応にしたテスト車両を会場内に持ち込んで紹介しました。

サリー大学の5GICが製作した5Gのテスト車両 ベース車両はMcLaren 570S Spiderである

次世代モビリティについて、もう一つ触れておきたいことがあります。それは、今後、クラウドを使ったさまざまなモビリティ情報サービスが本格化することです。象徴的なのは独VolkswagenのMWC19 Barcelona の展示です。ブース内にクルマはありません。同社はモビリティクラウドの構築を急いでいて、それを基盤とするモビリティ情報サービス「Volkswagen We」の拡大を進めています。Volkswagen We は、緊急コールや交通情報配信、車両情報の入手、駐車場検索や駐車場の料金支払い、車両のトランクを届け先とする配送サービス、ドライバー属性やニーズを考慮した商品情報などをスマホアプリで提供するサービスで、2025年までに8000万IDの獲得を目指しています。

現在、自動車会社の多くはモビリティカンパニーへの転換に向けた社内改革を進めていますが、モビリティ企業となった自動車会社から見ると、5Gは自動運転のために必要な手段であるだけでなく、主力事業となるクルマ向けモビリティサービスの提供基盤となります。5Gを使いこなしてモビリティサービスを浸透させることを、自動車メーカーが競う時代が近づいているのです。

Volkswagenのブース。クルマの姿はなく、モビリティサービスのブランド「Volkswagen We」の紹介に徹していた。

今回は、MWC19 Barcelonaの取材を通して感じた5Gのキラーユースケースとして、次世代モビリティを紹介しました。次回は、もう一つのキラーユースケースとして紹介したい「ローカル5G」を取り上げます。

著者情報
林哲史
日経BP総研 主席研究員
1985年東北大学工学部卒業、同年日経BPに入社。通信/情報処理関連の先端技術、標準化/製品化動向を取材・執筆。2002年「日経バイト」編集長、2005年「日経NETWORK」編集長、2007年「日経コミュニケーション」編集長。その後、「ITpro」、「Tech-On!」、「日経エレクトロニクス」、「日経ものづくり」、「日経Automotive」等の発行人を経て、2014年1月に海外事業本部長。2015年9月より現職。2016年8月より日本経済新聞電子版にて連載コラム「自動運転が作る未来」を執筆中。2016年12月「世界自動運転開発プロジェクト総覧」、2017年12月「世界自動運転/コネクテッドカー開発総覧」、2018年6月「Q&A形式でスッキリわかる 完全理解 自動運転」を発行。2011年よりCEATECアワード審査委員。