AIを活用した障がい者支援

AI技術の発展に伴い、障がい者支援といったヘルスケアの領域で、新たな発想をすることが可能になりました。これからどのような夢が生まれるのでしょうか?ここでは、「AIを活用した障がい者支援」というテーマで、国立病院機構東京医療センター聴覚・平衡覚研究部の松永部長と、富士通総研のコンサルタント3名による対談をご紹介します。 (対談日:2018年5月11日)

対談者(敬称略 左から)
沖原 由幸(司会):株式会社富士通総研 ビジネスサイエンスグループ プリンシパルコンサルタント
田村 怜:株式会社富士通総研 ビジネスサイエンスグループ コンサルタント
松永 達雄:国立病院機構東京医療センター 臨床研究センター 聴覚・平衡覚研究部長
亀廼井 千鶴子:株式会社富士通総研 ビジネスサイエンスグループ シニアマネジングコンサルタント

※この記事は、富士通総研発行の情報誌「知創の杜 2018 Vol.4」(2018年7月27日発行)に掲載されたものです。
※対談者の所属、部署、役職と記載内容は、対談当時のものです。

「早期発見・早期治療」が重要

――ある調査会社によると、2015年のAI市場は約3.7兆円ですが、2030年には87兆円に膨れ上がると予測されています。また、平成28年の内閣府基本的統計によると、日本の身体的障がい者は393万人、知的精神障がい者を加えると900万人います。松永先生は聴覚平衡覚障がいを専門に研究されていますが、医療の現場や研究の最前線から障がい者支援について、どのような想いをお持ちでしょうか?

松永障がい者のリハビリテーションは著しく進んでいますが、それは工学の技術、人間の身体の仕組みに沿った人間の工学といった科学の進歩のためだと思います。ただ実際は根本的に治すことがほとんどできない状況です。やはり医師としては、完全に治せないまでも、少しでも障がいを軽くできれば、あるいは進行を止められればと思っているのですが、それもまだ現状ほとんどできません。ただ、こういう障がいが起きた場合でも、早く見つけて早く対応すれば、最終的にずっと残る障がいの影響を少なくできるのです。「早期発見・早期介入」ということで、完全に治すことはできないものの、少しでも障がいを軽くすることはできる。そこが今、現実的に僕が取り組んでいることでもあります。

――今の医療の現場の実態として、早く見つけて早く対応するアクションは取りやすいのでしょうか?

松永社会のシステムが整ってきたので、20年前と比べたら取り組みやすくなっていると思います昔のゼロに近い状態からは格段の進歩ですが、まだまだというのが現状だと思います。

松永 達雄(まつなが たつお)
国立病院機構東京医療センター 臨床研究センター 
聴覚・平衡覚研究部長 臨床遺伝センター長/耳鼻咽喉科

――そういう中で、AIが支援することへの期待というのは、医療の現場でもあるのでしょうか?

松永それは大いにありますね。人間の身体に起きる障がいの原因というのは非常に複雑で、人間が医師の頭で理解したり、記憶したりできる量を遥かに超えており、変化が非常に激しいものです。人間の得意とする新しいアイデアとか、発想とかは生かすべきだと思うのですが、膨大な情報を分析して、その中から妥当なものを選んで、組み立てて、といったところはAIに助けてもらうと、その効能が非常に大きいと思います。例えば遺伝子の変化が難聴の原因かどうかを判断する時は、多様なデータを検討したり論文を読んだりして国際的に標準化されたルールに基づいて進めますが、この作業などにAIの活用が可能であると考えます。

――田村さんは、視覚聴覚二重障がい者の支援を目的としてAI技術を活用した指点字(注1)マシンを開発したということですが、開発に至った経緯や、その装置の長所や評価について、説明いただけますか?

田村私が開発した盲ろう者コミュニケーション支援機器は、「フィンガー・ブレイル・コンバーター」(Finger Braille Converter)(注2)と先生に名づけていただきました(図1)。もともと私はこの病院に患者として来ていて、「音声認識を使った聴覚障がい者向けのアプリがあるけど、もう少し変われば、視覚聴覚二重障がい者でも使えるようになるのに」という先生方の話に基づいて作ってみたものです。松永先生にお見せしたところ、「面白い、一緒にやりましょう」と、お声がけいただき、特にAIを使って低コストに障がい者支援を実現可能とする点に強く興味関心をお持ちいただきました。人手だと1時間数千円かかりますが、視覚聴覚二重障がい者が他人の手を借りずに自立できる可能性が見えてきたというのが、この指点字マシンの意義かと思っています。

図1 Finger Braille Converter(AI支援)の特徴

――実際に二重障がい者の方からはどのような反響がありましたか?

田村スマートフォンを使ったプロトタイプの指点字マシンを使って、支援者なしにコミュニケーションできるか試したところ、「私のことわかりますか?」と言ったら、「分かりましたよ」と、返ってきました。将来的には、目が見えない、耳も聞こえない人がラジオやテレビで、ニュースやドラマを楽しむことができるのではないかと思います。

――聴覚障がい以外にも様々な障がいがありますが、どのようなニーズがあるのでしょう?

田村障がい者をはじめ情報の取得に制約がある人が外に出て公共交通機関の旅客施設等を利用することを想定して、バリアフリー設備の現状調査を行いました。障がい者だけでなく、高齢者や日本を訪れる外国人も含めて、文字が分からない、アナウンスが分からないことで情報が入ってこないという情報の面もあれば、階段を下りるのが大変、段差があって動きにくい、電車とホームの隙間が危ないという行動の面もあります。これを1つの策で解消するには、様々なニーズを叶える情報提供の手段としてAIが組み込まれたアプリ等が活用できると思いました。

田村 怜(たむら りょう)
株式会社富士通総研 ビジネスサイエンスグループ 
コンサルタント

亀廼井人間の五感のうち視覚と聴覚におけるAIの活用はかなり進んでいて、田村さんが開発した盲ろう者コミュニケーション支援機器でも、AI技術の活用で様々な人の声をより正確に認識できるようになった音声認識技術を使っています。このような要素技術を目的に合わせてどこまで進化させるのか、という点でニーズの明確化が大切だと思っています。

希少疾患から一般的疾患へ~障がい者支援で得られる効果

――松永先生はRare Disease(希少疾患)(注3)の研究をされていますが、その研究成果は高齢者の緑内障や白内障、難聴といった一般的な病気に対しても適用できるのでしょうか?

松永僕は大きく期待できると思います。そういうCommon Disease(一般的疾患)は、その方々を対象として研究することは最初のアプローチですが、例えば目が見えない、耳が聞こえないといっても、原因は様々です一方、希少疾患というのは、それぞれの原因に病気が1つずつあるわけなので、メカニズムが明確です。だから、そういう病気を研究することによって、なぜこうなるのか、それに対してどういった治療が効果を現すのか、1つのメカニズムに対して明確な答えが得られるのです。集まっているもの全部を見ていたら何も分からないけど、それを1つ1つの要素分解して見ているのが希少疾患の研究ですから、分解したもの1つ1つを研究することによって、全体に対してより良いアプローチが考案できるということがあるのです。

――希少疾患の研究が裾野を広くして高齢者の病気の治療にもつながるということですね。一方、1つの成果がほかにも転用でき、技術の適用範囲が広がっていく事例はありますか?

亀廼井例えば、震災の時、自動車メーカーが収集する車両走行実績データを地図上に表現することで、「この道は今ここまで通れる」「ここは通行止め」という情報が被災地支援に役立ちました。同じ発想で車いすの移動実績データを収集・分析したらどうでしょうか。より安全でバリアフリーな車いすでエレベーターに行ける道を示すことができます。車いすを希少疾患と考えれば、お年寄りやベビーカーは一般的疾患と考えられ、かなり転用先が広がっていくと思います。また、画像認識技術を用いて、信号を自動検知して電動車いすを止める等につなげていければ、さらに安全で安心になりますし、白杖を持った歩行者にも周囲の情報を伝えられたら、より暮らしやすくなるのではないかと考えています。

障がい者か健常者かの区別のない社会「社会的包摂」への展望

――これまで障がい者と健常者を区別する前提で話してきましたが、「社会的包摂」(Social Inclusion)(注4)という考え方があります。障がい者か健常者かの区別なく、皆が平等で生きていける社会を構築しようという概念です。この区別をなくした「社会的包摂」という概念を目指す時、AI技術でどのような対策を打てるのかを考えておく必要があると思います。AI技術によってできることは障がい者の社会的参加や雇用促進の実現かと思います。AIと就労について、どのように考えればよいでしょうか?

亀廼井AIで職を奪われるというセンセーショナルな記事もありますが、むしろ障がい者の就労にプラスに働くと思います。例えば音声認識のテキスト表示によって通訳者なしでもリアルタイムで情報が分かって単独で仕事できる環境が整えば、障がい者の雇用は進むし、企業も受け入れやすい。今の音声認識の技術自体は多言語で進んでいて、日本語以外の音声認識ができると、それを翻訳する技術が別にあるので、外国の方とも連携して仕事ができるインフラが整うことにもつながると思います。

亀廼井 千鶴子(かめのい ちづこ)
株式会社富士通総研 ビジネスサイエンスグループ
シニアマネジングコンサルタント

松永障がい者が社会で活躍していくということは、その人本人のプラスでもありますが、社会としてのプラスにもなりますよね。だから、障がい者以外の人にとっても、「自分とは関係ない」ではなくて、「自分にも関係ある」ということを強く認識できるといいと思います。

――以前、松永先生から、希少疾患に悩む方は日本全国におられますが、情報が東京に集中して、地方の方は誰にどう相談していいか分からない孤独感・疎外感を持っているとお聞きしました。こうした十分な情報を得ることができない方々を包摂していくのにAIは役に立つでしょうか?

松永距離が離れている、周りに人がいない、情報が乏しいといったことで地方の方は不便だったわけですが、AIなりICTなりで情報を集めたり解析したりといった、かつては難しかったことが、かなり実現性が高くなってきていると思いますね。

田村実は私は医療とAIの力で今コンサルタントとして仕事ができています。周りの音は全く聞こえないというのが私の本来の聴力ですが、周囲の音に応じて聴覚神経への刺激を調節するAI技術とも言える人工内耳によって、昔ならば聴覚障がい者には難しいと思われていた仕事ができているということに、私は感動しています。でも、一番嬉しいのは私の親かと思います。病気になった当人はもちろん周りの人も、深い悲しみや恐怖、不安に襲われることがあると思いますが、AIや医療の進歩によって解放される時代が来るのではないかと思います。Social Inclusionは私のような障がい者の社会的参加だけでなく、人種や宗教、信条、性別、社会的身分、障がい、性的嗜好といった区別を超えて1つの調和した社会を作ることを目指すものなので、高齢者や重大な疾患にかかった人、妊婦や育児中の人すべてが社会に関われる状態を維持していくのが望ましいと考えています。そのためには解決しなければならない課題がたくさんあるので、それら1つ1つに対して障がい者の当事者としてコンサルタントとして、AIや医療のパワーを借りながら解決していきます。

――日頃、お客様の業務をいかに効率化するか、売上を上げていくか、コストを下げるかという数字重視でコンサルティングをしていますが、AIの技術が人間の根源的な部分に貢献できる発展性が期待できるというのは重要だと思います。

聴覚障がいから医療研究へ...さらなるブレークスルーの可能性

――聴覚障がいだけでなく広く医療分野の課題で、解決できていないこと、もしかしたらICTでブレークスルーの可能性があると思われるようなことはありますか?

松永これだけコンピュータの能力が高くなってくると、例えば細胞の中のいろいろなたんぱく質や遺伝子の動きのような生物のシミュレーションまでできるのではないかと思います。そうすると、実際僕らは仮説を立てて実験してメカニズムを解明し、例えば薬を作ったり治療法を考えたりするわけですが、その仮説を立てるところは、ある意味、勘なのです。でも、そこに単なる勘ではなくサイエンスに支えられた勘が使えれば、より効果の高い実験ができます。その実験にしても、コンピュータで「このたんぱく質はこう動く」とか「この遺伝子はこう働く」といったことを打ち込んでおけば、実際に生き物を飼って実験しなくても、コンピュータでそれを再現してくれる。原始的で根源的なところはコンピュータで再現できたら、もっと科学も今の進歩とは違う速さで、違う次元で進んで、よい発見が出るのではないかと思います。

田村もし臓器の動きを全部コンピュータ上で細胞の1つ1つの動きまで完璧にシミュレーションできるとしたら、どんなブレークスルーがあると思われますか?

松永動物実験をせずに、この薬を与えたらどういう効果が出るかが分かります。それは動物の命を救うことにもつながりますね。

亀廼井動物であれば、実際は1か月1年経たないと効果がわからないものが、コンピュータ上のシミュレーションであれば、短時間でサイクルを回せるかもしれません。そういう意味では、いろいろな治療法や薬の開発にかかる時間が短くなる可能性があるということですよね。

松永実際、高価な薬を使わなくても効果が予測できるわけですから、コストパフォーマンスが上がりますよね。

田村診断や予防医療といった面からは、どのように変わるのでしょうか?

松永診断というのはいろいろな要素をそれぞれ重みづけしてグレードをつけて診断するわけですが、1つ1つの情報を集めるのも手間がかかります。それを全部コンピュータがやってくれて、人間は流れを確認するだけでできれば、診断はずっと速くなるし、正確になるでしょうね。

亀廼井そこが進んでいくと、「早期発見・早期治療」にもつながっていくということですね。Rare Diseaseのように、この疾患でこの原因というところも分かってきますね。

松永そうすると、「この人が将来こういう病気になる」というのが分かってきますから、事前に生活習慣を整えたり、薬で発症を遅らせたりという予防にもつながります。

田村私は以前、松永先生に遺伝子検査をしていただいたのですが、遺伝子検査とAIが組み合わさると、どのような医療になるのでしょうか?

松永人間は遺伝子を25,000くらい持っていて、それぞれの遺伝子の何百という変化が病気と関係するわけです。それを全部調べることはできないので、AIでそういった1つ1つの変化の意味をチェックして、検査を受けた人の実際の症状と関連性を見れば、診断率はずっと高くなるでしょう。できる治療法も見つけられると思いますし、その人に一番合った治療や予防もできるでしょう。でも、25,000という数は僕らからすると驚くほど少ないのです。

田村私は山形出身で近くに大きな病院がなかったので、東京に出てくるまで優れた医療を受けられなかったのですが、離島だろうと山奥だろうと、ICTやAIを活用して最高の医療を受けられる環境ができるのではないかと考えています。僻地の診療所でも松永先生のような最高のドクターにかかることができる時代になるということですね。

[司会]沖原 由幸(おきはら よしゆき)
株式会社富士通総研 ビジネスサイエンスグループ
プリンシパルコンサルタント

――松永先生と田村さんのような出会いを実現できる可能性は大きな希望ですね。今日は貴重なお話をありがとうございました。

  • (注1)指点字:目も耳も不自由な人とのコミュニケーションのために点字タイプライターのキー配置をそのまま人の指に当てはめ、手と手で直接行う会話法。6点で構成される点字の組み合わせを、左右の「人差し指・中指・薬指」で相手の指を叩き伝える。
  • (注2)フィンガー・ブレイル・コンバーター(Finger Braille Converter):プロトタイプ開発した指点字マシン。名称は点字開発者のLouis Brailleに由来する。
  • (注3)Rare Disease(希少疾患):患者数の少ない疾患の総称。希少難病、稀少疾患。成人病や感染症の多くを含む普通の病気の対義であり、Common Diseaseが一般人口を対象とするのに対し、人口10万人に対して患者が何人という単位で罹患率を表す。
  • (注4)社会的包摂(Social Inclusion):社会的に弱い立場にある人々も含め市民1人1人、排除や摩擦、孤独や孤立から援護し、社会の一員として取り込み、支え合う考え方。
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