キャッシュレス決済【第三回】 中国先端事例に見るキャッシュレス社会の明日、決済時の個人認証が作る新ビジネス

O2OからOMOへ進化する中国の小売業界

リアル店舗でのキャッシュレス決済が浸透すれば、オンラインによるEC販売同様に、リアル店舗での購買履歴から購買行動を入手できるようになり、顧客が何を望んでいるのかを的確に把握・予測できるようになります。その一方で、ネット店舗とリアル店舗には、それぞれ得意とするところと苦手なところがあり、利用者は両方を上手く使い分けたいと考えています。

こうした世の中の変化を捉え、EC大手のアリババ集団の創業者であるジャック・マーは2016年末に新戦略「ニューリテール」発表しました。ニューリテールとは、オンラインとオフラインを組み合わせた新たな小売りビジネスのことで、利用者の購買データの分析を前提に、ITをフル活用した魅力的な購買体験の提供を目指すものです。この動きはアリババ集団だけに閉じたものではなく、中国においてアリババ集団と競合する京東も同様の取り組みを始めています。ニューリテールは、ネットとリアルの相乗効果を高める戦略です。当初はO2O(online to offline;ネット店舗によるリアル店舗への誘導)と認識されていましたが、今はOMO(online merges offline;ネット店舗とリアル店舗の融合)と呼ばれることが多くなっています。

アリババ軍団のニューリテール戦略を象徴する総合スーパー「盒馬鲜生」
スーパーマーケットとレストランが併設されている店舗と、オンラインショップ、店舗で購入した物品の配送サービスで構成される。
テンセントが出資する京東が展開するニューリテール型総合スーパー「7FRESH」

決済情報は重要な個人情報、中国では信用スコアにも活用

キャッシュレス決済が浸透すれば、個人別の決済履歴が蓄積されます。このデータは、与信管理の際の重要な評価情報として使うことが出来ます。実際、アリババ集団には支付宝(Alipay)の、テンセントには微信支付(WeChat Pay)の決済情報が集まっています。そして両社は、その決済情報をはじめとする利用者ごとの各種の個人情報を収集し、利用者ごとの信頼度を数値化した"信用スコア"を算出するビジネスを始めています。アリババ集団は「芝麻信用」(運営母体はアリババ集団の子会社のアントフィナンシャル)、テンセントは「騰訊信用」という名称です。なお中国は、2014年に国の方針として、社会全体の信頼性を高める目的で「社会信用システム」の制度運用を始めています。アリババ集団とテンセントの信用スコアは、この政府の方針に沿った事業であり、政府が開示する各種の個人情報も信用スコアの算出に活用しています。

信用スコアに影響を与える情報は多岐にわたります。芝麻信用の場合、利用者は自信の身分証明証、学歴、会社のアドレス、仕事の経歴、免許、車情報、不動産、保険、クレジットカードなどの情報を登録することができ、それによってスコアは変化します。信用スコアが高い人は、ホテル予約やモバイルバッテリーのレンタル時のデポジットが不要になるという特典があります。

芝麻信用のスコアの例 350~950の間で点数が付けられている。

日本でも始まる情報銀行構想

信用スコアという新しいビジネスは中国ならではと言えるかもしれませんが、日本でも個人情報を管理・活用を目的とする新ビジネスが生まれつつあります。2019年に開始予定の「情報銀行」です。情報銀行は、個人データを収集・管理を主業務とする新ジャンルのビジネスで、総務省は情報銀行の事業者認定の申請受付を2018年12月に開始し、2019年3月頃に認定する計画を明らかにしています。決済情報も重要な個人情報ですから、情報銀行が収集・管理するデータとして扱われることになるでしょう。

情報銀行には、これまで銀行業を営んできた企業以外の参入も見込まれています。例えば富士通は、イオンフィナンシャルサービスと共同で情報銀行の実証実験を実施していますが、この実証実験では富士通が情報銀行の主体となり、イオンフィナンシャルサービスは個人データを活用する事業者側として参加しました。

情報銀行の利用者は、年齢や居住地、家族構成といった属性情報、趣味や嗜好、日々の気分や体調といった個人データを自らの意思で情報銀行に預託します。実証実験では、預託した情報の内容や量、承諾した開示先企業に応じた対価を企業内仮想コイン「FUJITSUコイン」で提供しました。

実証実験における情報銀行のシステム概要

個人情報の活用と安全性確保が問われる

キャッシュレス社会は、匿名性の高い現金での購買がなくなるので、不正な取引が実行されにくくなり、現金を狙った犯罪行為の発生確率が低くなるといった社会的なメリットがあります。その一方で、プライバシー情報である取引情報が店舗や決済サービス事業者に残るため、プライバシー侵害の危険性が高まるデメリットもあります。この観点で見ると、情報漏洩の危険を防ぐ意味で、自らの個人情報管理とその運用は高いセキュリティが期待される情報銀行に任せるという考え方は理にかなっているのかもしれません。

これまでのキャッシュ社会では、お金の管理と運用に気配りしていたように、これからのキャッシュレス社会を安心して過ごすためには、決済記録を含む各種の個人情報の管理と運用に注意を払う必要がありそうです。

著者情報
林哲史
日経BP総研 主席研究員
1985年東北大学工学部卒業、同年日経BPに入社。通信/情報処理関連の先端技術、標準化/製品化動向を取材・執筆。2002年「日経バイト」編集長、2005年「日経NETWORK」編集長、2007年「日経コミュニケーション」編集長。その後、「ITpro」、「Tech-On!」、「日経エレクトロニクス」、「日経ものづくり」、「日経Automotive」等の発行人を経て、2014年1月に海外事業本部長。2015年9月より現職。2016年8月より日本経済新聞電子版にて連載コラム「自動運転が作る未来」を執筆中。2016年12月「世界自動運転開発プロジェクト総覧」、2017年12月「世界自動運転/コネクテッドカー開発総覧」、2018年6月「Q&A形式でスッキリわかる 完全理解 自動運転」を発行。2011年よりCEATECアワード審査委員。