大学・企業と連携し、創薬や交通渋滞などの社会課題を解決する新アーキテクチャ"デジタルアニーラ"

AI(人工知能)や量子コンピューティング技術をはじめとする次世代コンピューティングの活用が急速に進んでいます。AIビジネスの最前線に立つ富士通のAIサービス事業本部の東圭三が、今のビジネスの現場で起こっている変化と、社会課題を解決するテクノロジーの最新動向について語ります。

次世代コンピューティングはPoCから実装フェーズに

AI(人工知能)の活用については、これまではPoC(概念実証)にとどまっていた取り組みが多かったといえます。しかし、2018年からはPoCから一歩進み、ビジネス現場でAIを活用しようという動きが活発化してきました。

富士通株式会社 AIサービス事業本部 本部長
東 圭三

その動きの中で感じられるのは、応用範囲の広がりです。当初はビジネス現場でAIを活用するといっても、業務の一部分に取り入れるケースが多かったのですが、最近では、例えば人事や文書管理などのシステム全体でAIを活用しようという傾向が顕著です。

このように、これまではあまり考えられなかった部署・部門、仕事にもAIが浸透しつつあり、ビジネスにおけるAIの重要性が、ますます大きくなってきたと感じています。

そのAIを追いかける形で、2017年あたりから全世界的に量子コンピューティング技術の注目度が高まってきています。ただし新しいテクノロジーである量子コンピューティング技術は、国ごとに注力しているポイントに違いがあります。

アメリカでは、IBMやGoogle、Microsoftなどが取り組んでいますが、IBM Qを筆頭に量子ゲート方式に注力しています。カナダでは、国の支援を受けたD-Waveや1QBitという企業が量子アニーリング技術に取り組んでおり、ハードウェア、ソフトウェアともに高いレベルにあります。中国は、莫大な国家予算をかけて、量子コンピューティング技術を用いた暗号技術の研究を進めています。

日本国内では富士通のほかにも、日立やNTTグループ、NECなどの企業が量子ゲート方式とは異なるアニーリングマシンを開発しています。

このように、いろいろなタイプの量子コンピューティング技術があり、多くの企業が競うように技術開発を進めていますが、現時点では富士通のデジタルアニーラがおそらく世界で唯一実用性に長けているものだと考えています。

従来コンピュータなら膨大な計算を要する「大規模な問題」も、デジタルアニーラなら一瞬で

デジタルアニーラは、量子アニーリングの特徴的な動きから発想を得て、デジタル回路で「組合せ最適化問題」を高速に解く新アーキテクチャです。

従来型のコンピュータなら、1つひとつのパターンを順番に「愚直に」計算して、最適な積み上げ方を導きます。ところが、量子コンピューティング技術では、すべてのパターンを計算することなく、最適と思われるパターンを導き出します。そのため、従来のコンピュータでは膨大な時間を要する演算も、一瞬で答えにたどり着けるという仕組みです。

さまざまなタイプの量子コンピューティング技術の中で、デジタルアニーラの強みは「大規模な問題を解ける」点です。つまり、「膨大な組み合わせパターンを持つ問題」に対して有効ということです。この点に関しては、素晴らしく高い計算能力を発揮する量子コンピュータよりもデジタルアニーラのほうが優位に立っています。

量子コンピュータは、量子の特性を用いて高速な演算を行いますが、近接している量子ビット同士でしか結合できないという制約があります。つまり、結合した量子ビット同士では高速処理できる反面、遠方の量子ビットとは結合できません。しかし結合可能な、近接している量子ビットとの接点は限られています。そして、結合できる数が、処理できる組み合わせパターンの上限となります。

一方、従来のデジタル技術を用いるデジタルアニーラは、近接したビット同士しか結合できないという制約がありません。そのため大量のビットとビットが相互に結合し、「全結合」の状態となるため、ビット間に瞬時に情報がやりとりされ、大きく複雑な問題でも素早く計算して解くことができます。

身の回りにある組合せ最適化問題を解決すれば、もっと暮らしやすい社会に

大規模な問題が解けると、実際のビジネスでも応用しやすくなります。第一世代のデジタルアニーラは1024ビット規模の素子で処理を行います。これは、株式投資の分析に用いた場合、1024銘柄の分析ができることを意味します。東証一部に上場している銘柄は約2100ですから、その半分程度を対象にスクリーニングして分析できるわけです。

デジタルアニーラは、今後8Kビット(8,192ビット)規模まで拡張する計画です。第二世代のデジタルアニーラを2018年12月にクラウドサービスとして提供を始め、2019年第1四半期にはオンプレサービスも提供を開始する予定です。それを使えば東証一部に上場されているすべての銘柄を一気に分析でき、最適なポートフォリオの組み合わせを計算で導き出せるようになります。

デジタルアニーラはまず1024bitの第1世代をクラウドサービスとして利用可能で、2018年12月に最大8192bitのDAUクラウドサービス、2018年度4Q中にオンプレサービスを提供予定

このような大規模の組合せ最適化問題は、私たちの身の回りにたくさんあり、解決できれば社会がもっと暮らしやすくなるはずです。

例えば、アニーリング技術がさらに進化すれば、自動車の渋滞回避に大きく役立つことも考えられます。現在の自動車に搭載されているカーナビは、渋滞情報を入手しつつ最適なルートを示してくれますが、カーナビの種類や性能がほぼ同じであれば、どんな車に乗っていても同じ迂回ルートが示されます。つまり、何台もの車が、ある迂回ルートに集中してしまう可能性があるのです。

将来、進化したアニーリング技術を用いることにより、膨大な数の自動車のルートを組み合わせて、車ごとに最適化したルートを示すことも可能になるでしょう。一つの道にたくさんの自動車が集中するのを避け、1台1台の自動車の最適なルートを導き出せれば、毎年繰り返されるお盆や年末年始の大渋滞を回避できると考えられます。

同様に、事故で電車が止まってしまった場合にも役立ちます。事故が起こるとプラットフォームにたくさんの人が待たされたり、迂回する路線へ大勢が流れ込んだりして、大変な混乱を生じます。そんな時、例えば、一人ひとりのスマートフォンに、全体最適を考えた迂回路線のルートが示されれば、「振替輸送はあったけど、非常な混雑だった」というようなことがなくなると考えられます。

大学、企業と協力し、ビジネスへの貢献を目指す

デジタルアニーラは、ビジネス、特に金融、化学や創薬、小売・物流、情報系での応用が期待されており、大学と共同研究、企業でのPoCも始まっています。

富士通研究所と早稲田大学は、実社会での組合せ最適化問題をデジタルアニーラで解決することを目的に「Fujitsu Co-Creation Research Laboratory at Waseda University」を設立しました。ここでデジタルアニーラを用いて、金融、デジタルマーケティング、物流などにおける共同研究を実施していきます。

量子コンピュータやAIの分野で世界トップクラスの研究をしているカナダのトロント大学とは、2018年3月に共同研究拠点「Fujitsu Co-Creation Research Laboratory at the University of Toronto」を開設し、交通やネットワーク、金融、医療分野での共同研究を開始しました。

企業での利用も進んでいます。製造業では、多品種小ロットの製品が増えてきていますが、数多くの種類の製品を少しずつ作る各工程を管理するのは容易ではありません。富士フイルムでは、生産工場における多品種少量の製品モデルに対する生産ライン最適化の技術検証にデジタルアニーラを活用しています。

金融では、リスクを減らしリターンを増やす目的で、投資を分散します。そのために作るのが、ポートフォリオです。三菱UFJトラスト投資工学研究所(MTEC)では、資産運用におけるポートフォリオの最適化にデジタルアニーラによる検証を行っています。

マーケティングでは、一人ひとりの好みや年齢、性別などの違いを、Web広告などに反映させるデジタルマーケティングの手法が活発化しています。より効率よくデジタルマーケティングを実施するため、リクルートコミュニケーションズでは、実際のビジネスで活用可能な新たなマーケティング・テクノロジーの実現に向けた研究開発を進めています。

これらのビジネスは、非常に多くの組み合わせパターンの中から最適なものを見つけ出します。すべてのパターンを順番に確認していく従来の手法では膨大な時間がかかりましたが、デジタルアニーラを使えばあっという間に最適な答えが見つかります。

AI、アニーリング技術、スパコンの融合を目指して

ICTは長年にわたり、ビジネスの形を変えてきました。従来のICTは、人間が、自らの経験を生かして行っていた業務を、手順書として形式化してICTシステムの形に変えて、効率化を進めてきました。暗黙知を形式知に変えてシステム化してきたわけです。

しかし、すべての暗黙知がシステム化できたわけではありません。私たちの周りにはまだまだ形式知にできてない暗黙知があるからです。例えば、コールセンターのログ、クライアントの商談の履歴などです。多くの場合、それらはテキストの文章として残され、放置されたままです。

またIoTなどのセンサーを駆使していろいろなデータを収集し、デジタル化して処理できる時代になっていきます。例えば、農場で温度や湿度などの環境をセンサーで管理し、最適な環境でおいしい野菜を作るといったことが可能になります。IoTによって、従来人間が感じていないこと、目が届いていなかったことまで、管理できるようになり、全体最適化が可能となっていきます。

このような流れの中で、ICTは次の段階へ進もうとしているのではないでしょうか。
AIは、これまで放置されてきた暗黙知を、形式化することなく分析できます。そして、すべてのデータを、ICTを用いて社会全体を最適化していけば、今までよりも人が暮らしやすいよう社会を作るために寄与していけると考えています。

そのために、アニーリング技術やAI、そして高性能なスーパーコンピュータが役に立つでしょう。富士通には、デジタルアニーラだけではなく、スーパーコンピュータ「京」(注1)、AIの「Zinrai」という世界でも最先端の技術があります。つまり、「アニーリング技術×スパコン×AI」の相乗効果をフルに活かせる環境があるということです。

  • (注1)富士通は、文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」計画のもと、理化学研究所と共同でスーパーコンピュータ「京」の開発を進め2012年6月に完成しました。

その3つの技術を1つの会社で取り組んでいる企業は世界的にも多くありませんが、数少ない企業の1つが富士通です。富士通は、それらの技術を組み合わせて、それぞれの利点を生かしながら技術を発展させることで、新しいテクノロジーを社会の発展のために貢献していきたいと考えています。

東 圭三
富士通株式会社 AIサービス事業本部 本部長