共創でビジネスを変革 オープン・イノベーションの最前線

スタートアップと大企業、共創としての“シンビオジェネシス”

続いて登壇したのは、カナダのバンクーバーを本拠に量子コンピューティングソフトウェアを開発する1QBit社CEO、アンドリュー・フルスマン氏です。同社は、富士通の最新コンピューティング技術「デジタルアニーラ」のビジネスで昨年より富士通との協業を開始しています。

アンドリュー・フルスマン氏

フルスマン氏は、大企業とスタートアップとの共創を語るにあたり、まず自然界に目を向けました。「自然を眺めていると、大小の個体が互いの利益のために共生している姿をよく見かけます」と語り始めます。たとえば樹木と菌類の共生関係。木々は根元に広がるキノコの群生に栄養を与え、必要に応じてそこからエネルギーを吸い上げて自らを養います。そうした共生関係が森林の健やかな成長に寄与しているとフルスマン氏は話します。

また、生物の体内にも同様の共生関係が見られるとフルスマン氏は語ります。「それはミトコンドリアと細胞との内部共生関係(Endosymbiosis)です。細胞もミトコンドリアももともとは別々の生物でした。しかし、あるときからミトコンドリアはより大きな存在である細胞のなかに入り込み、そこで生きるようになったのです。そのおかげで細胞自身も驚くほどうまく機能し始めました。ミトコンドリアを持たない細胞はなく、細胞の外で生きるミトコンドリアもありません。二つのものが合わさって、もとにあった存在以上の成果を挙げている。あまりにそれがうまくいっているので、それぞれが離れ離れになることはもはや考えられません」。

フルスマン氏はこれを“シンビオジェネシス(ふたつの有機体が統合して新たなひとつの有機体を形成すること)”と呼び、それを企業同士の共創に結びつけました。

ここでフルスマン氏は2012年を振り返ります。この年、1QBit社を立ち上げましたが、当時、実用に耐えるような量子コンピュータはまだ影も形もなく、ましてやそのソフトウェア開発キットなど考える人はいなかったと氏は話します。

「当時、従来型のコンピュータの処理能力が限界に近づいていることは明らかでした。新方式の量子コンピュータは難物だとわかっていましたが、もし開発できれば驚くほどの力を発揮することもわかっていました。そこでその新しいコンピュータと産業界との橋渡しをしようと思い立ったのです。そのためにはそのコンピュータが生まれる前にとにかく仕事に取りかかる必要がありました」とフルスマン氏は話します。

「これは一見無謀に見えますが、われわれには確信がありました」とフルスマン氏は言います。「それは“量子コンピュータを開発するメーカーたちはきっと喜んで自分たちと協業してくれるはずだ”という確信です」。

実際、同社のパートナーには現在、錚々たる企業が名を連ねています。なかでもデジタルアニーラに関する富士通との協業は「まさにわれわれが夢見ていたもの」とフルスマン氏は語ります。もちろん、そこにはさまざまな文化の違いがあり、乗り越えるべき課題も少なくありません。しかし、大きな目標のため小さな失敗を何度も繰り返し、お互いの壁を乗り越えて二つの企業がひとつのチームとして成果を出していくことは可能だとフルスマン氏は主張します。

「大企業とスタートアップとのパートナーシップは、必ずしも対等のものではないかもしれません。しかし、先ほどの自然の例に照らしてみれば、不釣り合いなパートナーシップも大きな相互利益を生み出すことがあります」とフルスマン氏は話します。「スタートアップ同様、大企業もまた熾烈な市場競争や環境変化にさらされています。つまり、わたしたちはお互いの利益のために協業していかなければならないのです」。

こういった協業を成功させるために必要なものとは何でしょうか?フルスマン氏は“インセンティブ”が鍵を握ると話します。「協業を成功させるためにはインセンティブをしっかり整えておく必要があります。つまり一方が利益を得たなら、もう一方も利益を得る仕組みを作るということです。一方が損をすれば、もう一方も損をする。これは協業における一心同体の考えで、ひとつのチームとしてともに仕事をしていくうえで大切です」。

また、現在カナダでは、大企業が若いスタートアップの協業相手を探す際に大学が橋渡し役を務めているとフルスマン氏は話します。「わたしたちの場合もそうでしたが、いま多くの大学でスタートアップと大企業のマッチングが行われています。トロント大学には“Creative Destruction Lab (創造的破壊ラボ)”という面白い名前の組織があり、数多くの起業を成功させています。そうした起業は技術主導でまだ企業としては態をなしていないものもありますが、大企業との協業や大きなエコシステムのなかでは非常にうまく機能します。共生生物と同じように、こうしたビジネスの共生関係は成功のチャンスを生み出します」。

講演の結びにフルスマン氏はこう語りました。「今日、ここでお話ししたかったことは、共創のあるべき姿としての“シンビオジェネシス”です。これは二つの企業が新しいものを生み出すための共生形態でもあります。皆様とそのような機会を持てることを楽しみにしております」。