共創でビジネスを変革 オープン・イノベーションの最前線

旧来のビジネスがかつての成長力を失いつつある今日、企業はいかにして新たな成長戦略を描くべきでしょうか? オープン・イノベーションはそのための処方箋となりうるでしょうか?

2018年5月18日、 ペニンシュラ東京(千代田区有楽町)において、オープン・イノベーションの父ともいわれるカリフォルニア大学のヘンリー・チェスブロウ教授、そしてカナダのバンクーバーを拠点とする量子コンピューティングソフトウェア会社1QBit(ワンキュービット)のCEOアンドリュー・フルスマン氏を特別講師に招き、「富士通 経営者フォーラム2018」が開催されました。「共創でビジネスを変革〜オープン・イノベーションの最前線〜」と題された本フォーラムの講演をレポートします。

オープン・イノベーションとビジネス革新

ヘンリー・チェスブロウ教授は、カリフォルニア大学バークレー校ハース・スクール・オブ・ビジネスのコーポレート・イノベーション ファカルティ・ディレクターです。2003年に出版した著書『Open Innovation』(邦訳『OPEN INNOVATIONハーバード流イノベーション戦略のすべて』)で初めてオープン・イノベーションの考えを世に広めた人物です。

冒頭、教授はオープン・イノベーションの理解と実践が15年前とくらべて格段に深まっていることを示しました。

ヘンリー・チェスブロウ教授

教授によれば、これまで企業が行ってきたイノベーション(主にR&Dセンターなどで行われる研究開発)は社内に閉じており、お蔵入りとなったり、途中で頓挫して終わってしまうプロジェクトも多数ありました。

教授はこうしたイノベーションモデルを漏斗(ろうと)にたとえます。広い間口から多くの研究課題が入り、開発プロセスを通じて限られた製品や技術が市場に送り出されるというイメージです。これを“クローズド・イノベーション(閉じたイノベーション)”と呼びます。

これに対して“オープン・イノベーション(開かれたイノベーション)”は、この漏斗の壁にたくさんの穴が開き、そこからさまざまな知恵や技術が自由に出入りできるようなったモデルだと教授は話します。この窓を通じて内から外へ、そして外から内へのナレッジの流れが生まれます。

「社外からやってくるナレッジは自社の事業とビジネスモデルを強めてくれます。社外へ出ていくナレッジは他社の事業やビジネスモデルに活用されていきます。つまりオープン・イノベーションとは、自社と他社のナレッジをより有効活用することだといえます」と教授は語りました。

ここでさらに教授はマイケル・ポーターの『Competitive Advantage』(邦訳『競争優位の戦略』)にある“バリューチェーン”の考えを“オープン・イノベーション”の考えと比較しました。

ポーターのバリューチェーンの考え方によれば、企業の競争優位性は市場に送り出される製品に価値を付与していく社内の価値連鎖(バリューチェーン)にあるとされます。

しかし、この価値連鎖は製品中心のもので、そこには顧客の姿が見えないとチェスブロウ教授は指摘します。新しいイノベーションのかたちは顧客を中心に考えるべきで、そのイノベーションモデルを教授は“サービスバリューウェブ”と呼びます。「“バリューチェーン”の代わりに“サービスバリューウェブ”を提案します」と教授は話します。「そのプロセスは一方通行ではなくて対話型で、その中心には共創活動の目的である顧客体験の向上があります」。

顧客が必要としている価値に注目するこの考えは以前からあったとチェスブロウ教授は指摘し、そうした先人のひとりとしてピーター・ドラッカーの名前を挙げました。またマイケル・ポーターの同僚でもあるハーバード・ビジネススクールのテッド・レヴィン教授はそれを別の言葉でこう述べています。「ドリルを買いにきた顧客が本当に必要とするものはドリルではなく、ドリルが開ける穴である」。

ここでさらにチェスブロウ教授は論を進め、このデジタル時代にユーザーが製品などの資産を所有することの意味を問いかけます。まず教授は自身を例に挙げてこう話し始めました。「わたしはカリフォルニアに住んでおり、車を一台所有しています。それにかかるコスト、たとえば整備費やガソリン代や自動車税などは100%すべてわたしの負担になります。しかし、計算してみると車の使用時間は年間のすべての時間のほんの5%に過ぎません」。ここでの教授の論点は、資産を所有することの非経済性です。もし資産(車)をサービス(移動)として利用できるなら、そのコストは使用した分のみに抑えられるはずだと教授は主張します。

実際にGEやロールスロイスは、航空会社などに対し、ジェットエンジンの時間貸しプログラムを提供しており、このプログラムのユーザーは30年以上使わないと元が取れない数十億ドルかかるジェットエンジンの固定資産投資を使用時間あたりの変動費に変えることができると教授は話します。

このような例はAmazon Web Service (AWS) にも見ることができると教授は語ります。「クラウドインフラに100%の固定費を払わずに使用時間だけ料金を払うという仕組みです」。

教授はこうした資産のサービス化をオープン・イノベーションの特徴のひとつに挙げました。また、このようにユーザーを自社のプラットフォームに引き込む戦略は、市場競争においてアマゾンに有利に働いていると指摘します。その一例として、ウォルマートのAPIユーザーとアマゾンのAPIユーザーの勢力比較図を示しました。それを見ると、アマゾン陣営は大きく勢力を伸ばしているのに対し、ウォルマート陣営は片隅に追いやられています。「これはウォルマート経営陣にとって大問題です」と教授は話します。

多くの事業者を取り込んで顧客価値を高めていくオープン・サービス・イノベーションのアプローチは、まずビジネスをサービスとして考え、顧客価値を中心においてそれを顧客と共創することが重要です。在庫管理や販売のリスクを負わずに多種多様の商品を取り扱い(範囲の経済)、自社資産の共有によって固定費を下げる(規模の経済)ことによりオープン・イノベーションのメリットを享受できます。さらに、顧客価値をベースにビジネスモデルを変革していくことが鍵となります。

講演の終盤、チェスブロウ教授は富士通のオープン・イノベーションへの取り組みとして、シリコンバレーにある“Open Innovation Gateway(OIG)”を紹介しました。教授にはOIGの設立前から様々な形で指導をいただいています。「OIGでは、いかにしてイノベーションを共創できるかということがテーマとなっています。シリコンバレーでは素早く効果的にコラボレーションを進めるプロセスこそが鍵となります。そのため、OIGではスタートアップのスピード感に合わせてイノベーションを加速するプロセスを作り、コラボレーションのあり方を見直しました」と教授は語ります。

また、OIGは共創、新しい発想や可能性、ビジネスモデルなどを経営者の方々とともに考えていくという取り組みを行っていると示し、生命保険会社と初期段階のPoCから企画検討を行い、新たなコンセプトを共創した事例を紹介しました。「この事業が大きく花開くかどうかまだわかりませんが、この共創の取り組みが企業とその顧客との対話を深めたことはたしかです。そこから新しい事業の可能性が生まれてきます」と教授は話します。

講演の終わりにチェスブロウ教授は、オープン・イノベーションのキーポイントとして次の3点を挙げました。

  • 製品や技術よりも顧客の求めている価値にまず焦点をあてる。単に市場調査や顧客の要望を頼りにするのではなく、顧客と一緒になって課題に取り組むなかからそれを学びとる。
  • 自社の固定資産、あるいは、眠っている特許やディストリビューション・チャネルやブランドなどの固定費がかさむ資産を有効に活用して成長に結びつける。
  • 自社のコア事業とは別に新市場の開拓に努め、その際に小規模な実証実験によって事業展開の決定を行うリーンスタートアップの手法を採る。そのためには、迅速に意思決定できる組織が必要で、顧客、大学、スタートアップや社外の専門家の知見を活用することが鍵となる。