伝統・制度・思想に対する代替の道とは? オルタナティブ創造社会への挑戦

トポス3「オルタナティブな企業」

3番目のセッション(トポス3)では、「オルタナティブな企業」をテーマに、富士フイルム取締役副社長・CTOの戸田雄三氏、神戸大学名誉教授の加護野忠男氏、トポス発起人で一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏が登壇しました。
このセッションでは、「オルタナティブな社会を考えた時、今の企業はどうしたらいいのか」「日本的企業経営は世界のオルタナティブになり得るか」について講演が行われました。

いい平凡から非平凡が生まれる、日本経営の強みとは?

神戸大学 名誉教授
加護野 忠男 氏

最初に加護野忠男氏が登壇しました。加護野氏は、戦後の日本企業の経営や事業を半世紀以上にわたり観察・研究し、その特徴や独自性、エッセンスを国内外に発信してきました。今回はオルタナティブをテーマに今持っている問題意識を披露しました。

加護野氏は、米国に代表される「資本主義的市場経済」と中国に代表される「社会主義的市場経済」の2つを比較し、米国の現状を見て「資本主義市場経済は本当にうまくいっているかを考える必要があるかもしれない」と語りました。一方、社会主義的市場経済では中国が成功を収めているものの、必ずしも全ての国が成功しているわけではないと指摘しました。

日本や欧州諸国では、これら2つの市場経済とは異なる「中間型市場経済」のスタイルを取っています。「市場そのものの力に任せるのではなく、売り手と買い手の交渉によって取引を制御している。そのカギとなるのが節度のある個別利益の追求ということ。また、イノベーションによる共同利益の追求とシェアリングルールがあります」とその特徴を説明しました。

加護野氏はその典型例として富士フイルムを挙げ、株主への配当だけでなく企業の中にプールした資金を活用して、化粧品や医薬品分野など多角的な経営に成功したと紹介しました。

また、「お金よりも大切なことがある。仕事そのものに対する楽しさ、世の中のためになることの喜びもある。単に従業員にお金のインセンティブを挙げてもイノベーションは起こらない。経営層ではなく、企業・組織のミドルレンジの人々が発してくれるのは、日本経営の素晴らしい点だ」と語りました。

さらに、京セラのアメーバ経営のコアコンピタンスや松下幸之助の生き方を紹介し、「平凡なことを徹底的に続けていくと非凡な結果が出る。その点こそが、日本の企業の強みなのでは」と説明しました。

起業家やオルタナティブを常に考える人の時代が来る

富士フイルム株式会社
取締役副社長・CTO
戸田 雄三 氏

次に、戸田雄三氏が登壇しました。戸田氏は、主力だったカラーフィルム事業が衰退する中、ヘルスケア事業に舵を切る事業の大展開を後押ししました。セッションでは「オルタナティブとしての事業変革」というテーマでプレゼンテーションを行いました。

富士フイルムが注力する再生医療について、戸田氏は「カラーフィルムの商品は衰退したが、とてつもない技術の塊でした。商品には寿命があるが、それを支えた技術には寿命がない。細胞とカラーフィルムの構造やサイズ、性質は非常に似ていることに気付いた。カラーフィルムで得た経験値を進化させ、細胞という新しい分野でも活用できると考えました」と事業変革の経緯を説明しました。

戸田氏は「やれそう、やるべき、やりたいは絶対に譲らず、熱意を持って実現しなければ会社は変わらない」と説明し、従業員一人ひとりがオルタナティブをあきらめないで実践していくことが大切だと説きました。具体的には、「まず自分の強みを定義して、自らの才能を原理化、普遍化することを実践し、ゴールまでのストーリーにつなげること」だと言います。

また、新規事業をやり遂げるための三要素を挙げ、「私は失敗したことがないが、思惑通りにいかないことは毎日ある。それらを失敗と呼んでいたら、自分で自分のエネルギーをなくすことになります。私は一歩でも目標に近づいたら失敗と呼ばないようにしています。それは自分を勇気づけるための一つの生き方でもあります」と語りました。

戸田氏は「オルタナティブの実現は簡単なことではない」と述べ、「現状と成し遂げたい世界にはものすごいギャップがあるため、リーダーはクレージーであるべきだ」と言います。さらにリーダーを支えてくれる仲間、心の同士が必要だと説明しました。

その上で、「現在はIoTやビッグデータなどの新しい技術が登場したことで、イノベーションの生産性向上が飛躍的に達成できるようになりました。これからは起業家やオルタナティブを常に考える人の時代が来ると勇気づけられます」と語り、プレゼンテーションを終えました。

京セラと富士フイルムの共通点

一橋大学 名誉教授
野中 郁次郎 氏

続いて、野中郁次郎氏が登壇。先に登壇した2人が日本的経営のプロトタイプとした京セラと富士フイルムについて、野中氏自身が見た両社の潜在能力を語りました。

京セラには、78項目からなる「京セラフィロソフィー」という行動指針が掲げられています。野中氏は「極めて実践的であり、背後に真善美を持っている」と説明します。また、「アメーバ経営は、全員経営で付加価値を生み出すことを促し、絶えず環境と相互作用し、市場の変化に素早く対応することを可能にする素晴らしい評価基準でもある」との見解を示しました。

野中氏は、組織としての知的機動力に着目しています。そこで重要な役割を果たしているのは、京セラのコンパ経営です。事前に設定したテーマについて、従業員同士が畳敷きの大広間で呑みながら徹底的に知的バトルを繰り広げる場であり、コンパのリーダーは内容をまとめ翌日には行動を起こします。実際に参加してみた野中氏は「このアジリティのすごさは簡単には真似ができない。試行錯誤を繰り返し洗練されてきた、経営理念を共有・身体化するシステムである」と評価しました。

また、富士フイルムのビジネスについても、PDCAの前段階として「See-Think-Plan-Do」のプロセスが大事にされていると語り、「何をやりたいのか、現実を直視して共感することから始め、その中から本質を洞察し、その後のプロセスにつなげることが重要」と説明します。同社では、顧客やパートナーをも巻き込んだ徹底的な共感を確立することによって、持続的成長が可能になっていると説明。
さらに「現実が変化する中で、絶えず真善美に向かって組織的に持続的な努力を重ねていくことが知的機動力の本質。本質を直観する力、そして最後までやり抜くという根性と勇気でもある」と説きました。

西洋型マネジメントのオルタナティブである日本型経営スタイル

次に、ミンツバーグ氏による「オルタナティブを創造できる人とは?」というテーマのビデオメッセージが紹介されました。同氏によると、この世界には「紋切り型、ないしはプログラム人間」と「遊び心に満ちた人間」という2種類のタイプが存在するとのことです。遊び心に満ちた人間は、問題解決のために面白くて新しい解を求めます。

「プルーラル・セクターの場合においては、特に民間部門が有利になるようひどく偏った社会を解決しなければならない状況に直面することもあります。その時こそ、物事の可能性を切り開き、そしてより一層創造的な方法でこれらの問題解決を行う人間が必要になります」(ミンツバーグ氏)

また同氏は、企業変革に関するプロセスの多くが、シニアないしトップマネジメントによってもたらされるものだと指摘し、「これは独裁主義であり官僚主義。そして、成功する組織づくりや健全な組織づくりのためには役に立たないもの。今こそ、リーダーシップ重視の経営学を超えるべき」と主張しました。

さらに「リーダーシップよりも注目すべきは"コミュニティシップ"であり、より柔軟でアドホクラシー性のある組織の構築が重要だ」と説明。そのような組織は「大ボス型リーダーシップ」に殆ど依存していないとのことです。

日本的経営の大ファンであると公言するミンツバーグ氏は、その理由について、日本的経営モデルが西洋型マネジメントに対する「オルタナティブ」だったことを挙げました。また、西洋型マネジメントがどんどん悪化傾向にあると説明します。
「そうした企業は、遠隔操作されすぎで経営以外の他のことに気を取られていたり、官僚的で、独裁的で、トップダウンマネジメントになったりしています。その上で日本経営の多くは、組織文化、組織のコミュニティシップ、組織の協調的気質に基づいています」と説明しました。

集合本質直観能力を養う

3つのセッションが終了した後、野中氏が今回の会議を総括しました。

「オルタナティブをテーマに掲げて議論を展開してきましたが、暗黙知・形式知、感性・知性、アナログ・デジタル、安定・変化などは全く別物ではなくて、相互補完関係にあり、二つの要素が一つの事象に存在しうる」と語りました。また、「対立項が競い合いつつ、両立させて個を貫き全体の調和を追求することがオルタナティブだ」と説明しました。

さらに同氏は「物事を二項対立として捉えるのではなく、対立項とはグラデーションの差であり、明確な境界線はない。二項動態という視点で捉え、どうすれば両者のバランスが取れるかという勘所を洞察・行動する。間違ったら直せばいいということが基本的に重要になるのでは」との見解を示しました。

野中氏は「ハリネズミとキツネ」を例に上げた書籍を題材に、経済学と人文学の違いを説明しました。「ハリネズミとは、物理的法則に基づいて世界もある一定の法則の集合に基づいて回っている。それらを発見、理解することによって未来は予測できる。例えば、数理経済学を学べば、未来の市場はそれに基づいて予測できるというアプローチのことを指す」と説明しました。

一方、「キツネとは、世界は一般的な原理・原則では説明できるほど単純ではなく、常に不確実で変化しているものだから、完全に予測することもできないという考え。ありとあらゆる知識や考え方を導入して、ある一つの思考の改善や変更に終わりがないことを理解した上で、タイムリーに対応していくことです」と述べました。その上で「あらゆる角度から異なる視点で見直して自分自身を疑いながら、そうした矛盾を積極的に受け入れる。重要なのは、自信過剰を絶えずコントロールすることだ」と説きます。

野中氏は近年注目を集めている人工知能(AI)が人間の暗黙知にとって代わるのかという問いに対して、「他者に共感する力を持つのは人間。デジタルの時代にいかにアナログと共生していくかが大きな課題になっている」と語りました。

また、「一人ひとりの主観が違うほうがクリエイティビティが高まる。二項対立によって自己を正当化して普遍化するのか、あるいは相手を受け入れながらコラボレーションしながら共創するのかがキーポイントになる。共感と経営を突き詰めていくことが、あらゆる視点から日本の経営が世界をリードすることにつながるのではないか」という考えを示しました。

野中氏は、今回のトポス会議では「集合本質直観」能力をチームで高めるかについての示唆をスピーカーからいただいたとの感想を述べ、「集合本質直観を高めることで、"現場のハッとした印象、つまり跳ぶ発想"を活かせる共同体を構築できる」と語ります。

最後に野中氏は「集合本質直観能力を練磨することで、日本独自のコンセプトが生み出される可能性がある。その能力は実践の中からしか生まれないので、日々の活動をぜひ頑張ってほしい」とし、第12回トポス会議を締めました。

登壇者の方々