デジタル時代の成長戦略 キーワードは"オープン・イノベーション"

「多くのイノベーションは失敗する。しかし、イノベーションしない企業には死あるのみである」。15年前、初めて世に出した自著の冒頭にそのような衝撃的な言葉を記したヘンリー・チェスブロウ教授。現在、カリフォルニア大学バークレー校のハース・スクール・オブ・ビジネスにおいてコーポレート・イノベーションのファカルティ・ディレクターを務めるチェスブロウ教授は、“オープン・イノベーション”という考え方を最初に提唱した経営学者です。“オープン・イノベーションの父”が語る、企業成長を実現するオープン・イノベーション戦略とは?
【富士通フォーラム2018 特別講演レポート】

クローズド・イノベーションからオープン・イノベーションへ

ヘンリー・チェスブロウ教授は、最初の著作を出版した当時のことを振り返りながらこう話し始めました。

「2003年、初めて本を出した当時、“オープン・イノベーション”という言葉を検索してみるとリンク数はわずか200件ほどでした。しかもそれは“イノベーションオフィスがオープンした”というようなものばかりです。しかし、10年後に同じキーワードを検索すると4億以上のページがヒットします。これを見るだけでもいかにオープン・イノベーションが世の中に浸透しているかがわかります」。

そしてそのコンセプトを説明するため、教授は一枚の概念図を示します。それは左側に大きく口を開けた筒が先にいくにつれて細くなり、最後には右側の小さな出口に至るという図です。これはかつての企業の研究開発プロセスを表す、と教授は説明します。

チェスブロウ教授によれば、企業にはもともとイノベーションのプロセスが備わっており、これまでは社内の研究所やR&Dセンターがその役割を担ってきました。しかし、そこでのすべての研究が日の目を見るとは限らず、途中で中止になるプロジェクトや斬新でありながらコア事業につながらずお蔵入りになるものがありました。

「左側から入ってくるのは、新規の研究開発プロジェクトです」と教授は図の説明を続けます。「これがこの漏斗状の筒の中をくぐり抜け、やがて製品となって市場に出ていきます。ここで注目したいのは、これが一方通行のプロセスだということです」。

「もちろん今日でもこのクローズド・イノベーションのプロセスは有効です。しかし、現在ではイノベーションの新しいやり方が広まっています」。そう言って教授はもうひとつの図を示しました。そこでは漏斗状の筒の壁にたくさんの穴が開けられています。

「二つの方向の重要な知識のフローがあります。この穴から外部の知識が社内に流れ込むアウトサイド―インのフローでは、外部の知識を内部の知識と組み合わせることにより、これまで考えもしなかったような新市場への展開や技術の補完を行うことができます。逆に、穴を通じて社内の知識が社外へ飛び出していく、インサイド―アウトのフローでは、お蔵入りしていた技術をライセンスしたり、スピンアウトすることができます。さらには、それをブーメランのように再び企業の内部に戻すことも可能です」。

これを教授は“オープン・イノベーション”と呼びました。

顧客を中心に据えたイノベーション・ネットワーク

さらに教授は“オープン・サービス・イノベーション”へと話を進めていきます。

「イノベーションについて考える場合、プロダクト志向ではなく、サービス志向のマインドセットでオープン・イノベーションに取り組むことが必要です」。そう語った教授はこの変化を説明するために、マイケル・ポーターのバリューチェーンを取り上げました。

「ポーターは30年以上前に『競争優位の戦略(Competitive Advantage)』という本を著し、そのなかで企業の競争優位性獲得のプロセスを論じました」。そう言ってチェスブロウ教授はポーターのバリューチェーンの概念図をスクリーンに示します。

「この図を見てわかるのは、企業の競争優位性が〈購買〉〈製造〉〈出荷〉〈販売・マーケティング〉〈サービス〉といった社内プロセスを通じて高められていくということです。これらのプロセスを支援する社内の共通機能もこの図には示されています。

しかし、これをよく見ると、あることに気づきます。すなわち、ここには〈顧客〉の姿が見えないのです。どこを見ても〈顧客〉とは書いてない。おそらく、ポーターのバリューチェーンのなかで〈顧客〉が果たす役割はほとんどなく、あるとしても製品要件の指摘と製品の購入の二つだけでしょう。そして、〈顧客〉が挙げた製品要件は、開発が終わるまで変更されることがありません」。

ポーターのバリューチェーンに対しチェスブロウ教授は〈顧客〉を中心に置いた“サービス・バリュー・ウェブ”の重要性を強調します。

「オープン・イノベーションにおいてはまず〈顧客〉を中心に据え、〈顧客〉との共創を通じてより良い顧客経験価値を生み出していくことが重要です。単に製品要件を聞き取るのではなく、全てのプロセスを通じて〈顧客〉と深く関わり、そのなかで〈顧客〉と企業自身の暗黙知を見つけ出すことが大切です」。

そして、こうした考えはすでに先人たちが論じているとチェスブロウ教授は話します。

「ピーター・ドラッカーはその著書のなかで“消費者が製品を買おうとするとき、かれらが買い求めているのは、製品そのものではなく、その製品が生み出す実利や効用である”と述べています。また、ハーバード・ビジネス・スクールでポーターの同僚でもあるテッド・レビット教授はもっと端的に“1/4インチのドリルを買おうする人が求めているのは、ドリルではなく 1/4インチの穴だ”とも言っています」。

ここには〈製品〉から〈顧客価値=サービス〉へのシフトがあり、このシフトを体現する企業としてチェスブロウ教授はUberやAirbnbを挙げました。これらの企業はクルマや不動産といった物理的な資産をもたずに〈サービス〉をユーザーに提供し、急成長を遂げています。

ヨーロッパではさらに企業、大学、行政機関などの複数組織が参加するエコシステムをベースとした“オープン・イノベーション2.0”が始まっていると教授は話します。

そして、もう一つの潮流として、プラットフォーム・ビジネスを取り上げます。協力するパートナー企業や参加するユーザーが増えれば増えるほど魅力が増すプラットフォーム企業の成功事例として教授はアマゾンの名を挙げました。

「アマゾンのCEOジェフ・ベゾスは社内で利用しているITサービスを外向けに解放しました。その成果であるAWSはいま、アマゾンに大きな収益をもたらしています。もともとアマゾンは膨れ上がる顧客需要に対処するためITインフラを増強してきましたが、そのインフラをサービスとして他社にも利用できるようにしたのです」。

チェスブロウ教授はそのエコシステムを示す図を会場に示します。それはアマゾンとその最大の競合であるウォルマートのAPIユーザーの比較図でした。アマゾンのAPIユーザーは大幅に勢力を伸ばし、逆にウォルマート勢は片隅に追いやられています。「これはウォルマートにとっては深刻な問題といえるでしょう」と教授は指摘しました。

教授はそう述べてから、これからのビジネスは〈サービス〉を事業の中心として捉えていくべきだと語りました。

「企業は、ビジネスそのものをサービスとして考える必要があります。先ほど紹介した企業は、その例になります。かれらは社外の様々な人が所有する資産や資金を活用し、パッケージ化してサービスとして提供しています」。

シリコンバレーにおける日本企業のオープン・イノベーション

ここでチェスブロウ教授は、オープン・イノベーションに取り組む日本企業の事例として、富士通がシリコンバレーに設立したOpen Innovation Gateway(OIG)について紹介しました。

教授は、OIGがシリコンバレー流のスピード感を持って新しい可能性に挑戦し続けていることを強調するとともに、優秀な人材が必ずしも全て社内にいるわけではないため、オープンなマインドセットを持って、社内外の人々とともにどのようにイノベーションを起こすことができるかがポイントである、と指摘します。

「大企業がスタートアップと仕事をする場合、互いの意思決定のスピードの差が壁になることがあります。『今日は他の打ち合わせがあって決められなかったので、次の社内ミーティングで決めてから回答します』というようなやり方はうまくいきません」と教授は話します。OIGでは小規模の実証実験(PoC)を早いサイクルで回し、意思決定のスピードを加速させようとしています、と教授は話します。「ショートサイクルで繰り返される試行錯誤は一見コスト効率が悪いように思えますが、ことスタートアップとの共創に関するかぎりそのやり方が効率的です。OIGが実践している“Fast Innovation”こそ成功への近道なのです」。

教授は、具体例として日本の生命保険会社がOIGと行っているプロジェクトや、富士通の教育関連事業部門と取り組んでいるカナダの先進的なスタートアップのプラットフォーム活用事例を紹介しました。

オープン・イノベーションで寒村をスマートビレッジに

講演の終わりにチェスブロウ教授は、インドのアーンドラ・プラデーシュ州にある人口わずか8,000人の村で行われたオープン・イノベーションの事例を紹介しました。

「モリと呼ばれるこの村は、州のなかでもとくに貧しく、主な収入源は農業とエビの養殖ですがどちらも芳しくありません。とくにエビの養殖は養殖池の水質が悪化すると商品が台無しになります。

そこでプロジェクトチームが立ち上がり、採算の取れる事業としてこの問題に取り組める企業を募ってオープン・イノベーションが始まりました。政府援助や慈善事業は継続性がないからです。

現地企業と海外企業合わせて40社ほどが参加し、寒村再生のビジネスモデルを共創しました。村にネット環境を構築するとともに、養殖池に水質センサーを設置し、水を入れ替えるなどにより水質を維持することで、最終的に養殖の利益率を高めることに成功しました。この事業はその後、他の300ほどの村に拡大展開されています」。

ここで言葉を切って、教授は講演をこう結びました。

「オープン・イノベーションとは何か?その答えを求めるとき、さまざまな方法論を耳にするかもしれません。しかし実際にはオープン・イノベーションとは、自分の世界だけでなく外の世界とも積極的に関わっていこうとするマインドセットにほかならないのです」。

富士通フォーラム2018で行われたセッションには、富士通の未来ビジョン発信を担当しているマーケティング戦略本部 VPの高重吉邦も登壇し、オープン・イノベーションに対するアプローチを紹介。さらにヘンリー・チェスブロウ教授との対談を通じてテーマを掘り下げました。
レポートの全文は、以下サイトよりご覧いただけます。

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