ITで未知の化合物を作り出し、薬のなかった疾患に希望の光を!~「薬」となりうる「未知の化合物」を作り出す「IT創薬」とは~

わずか3万分の1の確率。その現実を打破する可能性を秘めた「IT創薬」

新しい薬を開発する「創薬」。それには膨大な手間と時間、そしてコストがかかります。薬局やドラッグストアで手軽に入手できる薬でも、研究・開発には15年以上、数百億円もの費用がかかるといわれているほどです。しかも、それだけの手間をかけながら、実際の薬として使われるようになる確率は、約3万分の1に過ぎません(日本製薬工業協会による調査による)。

そうした創薬の課題解決に期待されているのが「IT創薬」です。ICTを用いて、開発の時間、効率、精度を改善し、少しでも早く、効果的に新しい薬を作ろうという取り組みです。

未知の化合物を作り出して、治療法のない疾患の治療に役立てる

「IT創薬」の利点は、新薬開発を効率よくするだけではありません。もうひとつの重要な役割が、世の中に存在しなかった、まったく新しい化合物を作り出すことです。

化合物は薬のもと。人の体は主にタンパク質から構成されています。疾患の原因となるタンパク質に対して、体内に入れられた化合物が作用することで、薬としての役割を果たすのです。そのため創薬では、疾患の原因となるタンパク質を特定し、それに作用する化合物を見つけ出すことから研究が始まります。

しかし、従来型の創薬は、すでにこの世界にある化合物を使って、実験で試行錯誤しながら「これは薬になるかもしれない」と思われる化合物を探し出すというやり方でした。しかしタンパク質と化合物の組み合わせは膨大にありますから、実験の数も数えきれないほどになり、それが創薬の確率が上がらない要因の一つでした。

ところが「IT創薬」は、タンパク質の形状などの特徴をもとに、それに作用しうる化合物を新しく作り出すことができます。未知の化合物を作り出せれば、これまで「効く薬がない」とされてきたような疾患、難病にも、効果のある薬を作り出せる道が開けます。

化合物の形状によっては、薬としての役割を果たせない

タンパク質に化合物が作用するとはどういうことでしょうか。これには、タンパク質と化合物の、物質としての構造が大きく関わっています。

タンパク質には様々な種類がありますが、それぞれくぼみや穴、突起など、特有の形状を持っています。化合物が、目的のタンパク質に作用するためには、その形状に合致する形状を持っている必要があります。
例えばL字型の穴が空いている構造のタンパク質があるとします。これに作用する化合物は、L字型の突起を持っている必要があります。しかし、L字型の突起のままでは、穴の入り口に入ることができません。

ところが化合物もタンパク質も形状を変化させることができます。特に低分子と呼ばれる化合物は10の60乗個存在するといわれ、20種類のアミノ酸からなるタンパク質よりも形状変化の予測が複雑です。ここでは化合物の形状変化に特に着目しています。

もし、ある化合物が、突起を直線とL字型とに形を変えられるなら、どうでしょうか。突起が直線になったときにタンパク質の穴に侵入し、入り込んだあとにL字型に変化すれば、タンパク質に化合物が結合できるのです。

化合物の形状変化をシミュレーションする、新たな技術

従来型の創薬では、勘と経験を頼りに実験を繰り返して、そのようなタンパク質と化合物の組み合わせを探していました。そのために非常に確率が低く、ほとんど失敗していたのが現実でした。

また、「IT創薬」であっても、化合物の形状変化をシミュレーションするのは、スーパーコンピュータを用いても難しいことでした。特に形状変化の予測は非常に困難で、創薬研究現場で実用的に利用できるものではなかったのです。

富士通では、この形状変化の推測に役立つ、新たな「分子シミュレーション技術」を開発しました。これにより、化合物の形状変化におけるシミュレーションの精度を、現在のコンピュータ能力でも十分なレベルに高められるようになったのです。

分子シミュレーション技術を活用すれば、疾患に作用する化合物を効果的に見つけられるようになるでしょう。そうなれば、創薬開発期間の短縮につながるはずです。

先端技術と共創で、がんを標的とする化合物の創出にも成功

「IT創薬」の取り組みは、がんを標的とする新規活性化合物の創出にも成功しています。これは、富士通だけでなく、東京大学先端科学技術研究センター、興和株式会社との共創による成果です。

富士通は、がんの原因とみられるタンパク質に対して作用すると思われる、数多くの新しい化合物をコンピュータ上で設計しました。そのうち特に、タンパク質の形状に合致して安定して作用しそうな、8つの化合物を実際に合成し、実験を行ったところ、そのなかの1つががんに対して阻害する効果を示したのです。従来の創薬手法に比べれば、8分の1、つまり12.5%という確率は、非常に高いといえるでしょう。

富士通が「IT創薬」を掲げたのは2004年。技術開発を経て製薬会社との共創に取り組み始めた当初は、ICTを用いて新しく作った化合物を製薬会社に持っていっても「薬の顔をしていない(化学構造式が医薬品らしくない)」といわれたものでした。しかし、研究開発を継続してきたことで、これまでにない医薬候補となる化合物を高い確率で生成できるところまで到達することができました。

重い難病、不治の病や生活習慣病。まだまだ容易に治療できない病気はたくさんあります。富士通はこれからも、病で苦しむ方々を救う手助けになるよう、独自技術の開発に加え、他社との共創による「IT創薬」に邁進します。

紙谷 希
富士通株式会社
第二ヘルスケアソリューション事業本部
研究開発統括部
バイオIT開発室長
博士(学術)
松浦 東
株式会社富士通研究所
デジタルアニーラプロジェクト
ビジネス牽引G
エキスパート
博士(工学)