正社員の働き方を変える、「働き方改革」の核心とは

過度の長時間労働が法的に制限される方向が決まり、多くの企業は「働き方改革」への取り組みを急いでいます。しかし、「働き方改革」の目的は長時間労働の抑制に留まるものではありません。会社が求めるままに「残業、転勤、何でもあり」で働く日本の正社員の働き方が、時代の要請と適合しなくなった点に、現在の「働き方改革」の最大の背景があるとも考えられます。
当コーナーでは、「正社員改革こそが働き方改革の核心にある」という観点から、正社員の働き方にどのような問題があり、どのような変革が求められているのかについて考えていきます。

執筆者プロフィール
早川 英男(はやかわ ひでお)
株式会社富士通総研 経済研究所 エグゼクティブ・フェロー
1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。

※この記事は富士通総研発行の情報誌「知創の杜 2018 Vol.1」P4~10に掲載されたものです。
※執筆者の肩書と記載内容は、掲載当時のものです。

なぜ、景気が良いのに賃金が上がらないのか

筆者は以前から、「働き方改革」の中核は「日本的雇用」を変えること、つまり日本企業の正社員の働き方を変えることにあると論じてきました。そして正社員の働き方の最大の特徴は、「(1)雇用契約にjob description(職務記述)がない」ことだと考えています。このことを前提にして、一方に「(2)企業が従業員に対してほとんど無制限の人事権を持つ(残業、転勤何でもあり)」ということがあり、その対価として「(3)定年までの雇用継続が保証」されるのです。以前から「終身雇用」という側面が重視されてきましたが、それよりも「今晩残業しろ」と言われればデートを諦めて残業し、「来月から北海道勤務」と言われれば家族を残して単身赴任するということの方が、世界的に見れば極めて特異な働き方なのです(濱口桂一郎氏の提唱により、こうした働き方は近年「メンバーシップ型雇用」と呼ばれるようになりました。一方、職務=jobを明確にした働き方は「ジョブ型雇用」と呼ばれています)。

そしてなぜ、今「働き方改革」なのかと言えば、こうした日本の正社員の働き方がもう時代に適合したものではなくなったからです。この点は以下で詳しく説明しますが、その前に日本経済の現状、景気は良くて人手不足が深刻(有効求人倍率はバブル期のピークさえ上回っています)なのに、賃金が上がらず、だから物価も上がらないという事実に注目してみましょう。そうすると、実は賃金が上がっていないのは正社員だけであって、パートタイマーやアルバイトの時給(リクルートジョブズ調べ)は人手不足を反映して確実に上がっていることが分かります(図1)。

(図1)名目賃金の前年比(%)

なお、「正社員の求人倍率は最近ようやく「1」を超えたばかりで、正社員に限って見れば人手不足は深刻でない」と言われることもありますが、それは正社員の求人票をハローワークに出すことがあまり多くないからでしょう。働き手の過不足を直接企業に尋ねた厚生労働省のアンケート調査(労働経済動向調査)によれば、正社員の人手不足の程度はパートタイマーに負けず劣らず深刻です(図2)。こうした深刻な人手不足にもかかわらず正社員の賃金がさっぱり上がっていないとすれば、その働き方に何か重大な問題があるに違いないと考えるべきだと思います。

(図2)雇用形態別労働者過不足判断DI

「昭和の働き方」は今では持続不能に

日本企業の正社員の働き方は、暫く前まで日本的経営の強さの源泉と考えられていました(経営者の中にはいまだにそう思っている人が少なくないのは困ったことです)。しかし、それは言わば「昭和の働き方」であり、今では持続不能になったと筆者は考えています。それが「昭和の働き方」である理由の第1は、専業主婦の存在を前提にした働き方だからです。「残業、転勤、何でもあり」というのは、専業主婦がいて家事を担い、子育てをしてくれるから可能だったのですが、今では共働き世帯が主流に変わりました。生産年齢人口が減る中では、高学歴化した女性に活躍してもらうことが是非必要なのですが、子育てをしながら長時間労働は無理です。最近は女性の労働参加率が高まっていることが強調されますが、その大部分は子育てを終えた主婦によるパートタイム労働者の増加によるもので、必ずしも「全ての女性が輝く時代」が実現しているわけではありません。

なお、近年の経済学では幸福度研究が1つの流行になっていますが、そこでは幸福度の日米比較を行うと、日本の既婚女性の幸福度は男性に比べて低く、特に働いている女性ほどその差は大きく、子供のいる女性の幸福度は際立って低いとの結果が得られるとのことです。これは、長時間労働の男性が育児に消極的な結果でしょう。同じく幸福度研究によれば、欧米では高齢者の幸福度が高い一方、日本はそうではないことが分かっています(図3)。特に男性高齢者の幸福度が低く、配偶者と離死別した場合の幸福度が著しく低いことが知られています。これは、会社人間の男性は地域社会に根差していないため、退職後唯一の頼りである妻を失うと社会的に孤立してしまうためです。これらは正社員の働き方が不幸の源泉となっていることを示唆しています。

(図3)年齢ごとの主観的幸福感(米国との比較)
出典:内閣府『平成20年度版国民生活白書』

第2に、これは成長の時代の働き方でした。誰もが管理職になるという前提でジェネラリストとして養成する仕組みは、企業組織が成長しピラミッド型を維持し続けない限り、必ずポスト不足に陥ります。また、企業特殊的な人的資本=熟練の蓄積を背景とした傾きの急な賃金カーブでは、従業員の平均年齢が高まるにつれ人件費の急増を招きます。このため、日本経済の成長鈍化が明確化した1990年代後半以降、日本企業は正社員の外側に非正規雇用を拡大することでコスト削減を図ってきました。しかし、そのことが格差拡大や若者の雇用の不安定化など、様々な問題につながったことは周知の通りでしょう。

第3に、それは企業の将来像が見えた時代の働き方でした。筆者が就職した40年前は定年が55歳と今より10年早かったうえ、多くの企業が10年先の自社の姿をイメージできた時代でした。しかし、グローバル化とデジタル化の結果、企業とそのビジネスモデルのライフサイクルが短期化し、企業の将来像は顕著に不透明化しています(もちろん、昭和の時代にも炭鉱や綿紡績業の衰退などがありましたが、それは20~30年かけて起こったことでした。近年の薄型テレビや太陽電池の没落スピードはこれらとは比較になりません)。今、日本経済を支える立て役者が自動車産業であることは疑いを容れませんが、EV(電気自動車)と自動運転の時代となる10年先、日本メーカーが現在の地位を確保し続けられるかは全く明らかではありません。

半年ほど前には来春の新卒を確保するため、企業間で激しい人材の奪い合いが演じられました。しかし、この新卒社員が65歳まで働くなら、彼/彼女らは2060年頃まで企業に留まることになります。その頃、日本の人口は3割近く減り、AIの普及で雇用の現場は激変しているでしょう。企業の採用担当者がそれまで雇用を保証する自信を持っていたとは思えません。人事部も学生も「不都合な真実」に目を瞑ってはいるが、いったん採用が終われば、大幅な賃上げを容認(要求)する勇気は双方ともにない。だから、人手不足でも正社員の賃金は上がらないということではないでしょうか。

第4に、筆者は日本の正社員の働き方が新しいイノベーションに対応できないものなのではないかと疑っています。確かに、長期雇用の従業員がOJTを通じて徐々に能力を蓄積していく日本の仕組みは、継続的なカイゼンには最適だったと思います。またハイテク時代になっても、半導体や液晶パネルなどのインハウスのR&D(社内に開発チームを作り、新製品が開発できれば生産ラインに落として量産していく)には十分対応できました。

しかし、今は企業や国境の壁を越えてオープン・イノベーション(さらには社内の他部門に悪影響を及ぼす破壊的イノベーション)が進む時代です。企業内だけで役立つ人材を育ててきた日本企業はこれらにうまく対応できないため、AIにしてもFintechにしてもシェアリング・エコノミーにしても、立ち遅れが目立っているのではないでしょうか。

このほか、グローバル展開を本格化した企業からは、日本的雇用とそれを背景とした意思決定の遅さが海外部門との協働の支障となっているとの指摘を聞くことが少なくありません。中には、その問題を解決するために日本の組織をジョブ型に切り替えた事例もあるようです。

政府が取り組む「働き方改革」の限界

周知のように、安倍政権は昨年来「働き方改革」に熱心に取り組んでおり、早ければ次期通常国会で関連法案が成立する可能性もあります。これは、上にも述べた様々な問題への対応であり、その取り組み自体は高く評価されますが、「働き方改革の本丸は正社員改革」との認識が欠如している(あるいは財界、労働組合ともに嫌がって、この論点を避けている)ため、抜本的な問題解決にはならないように思います。例えば「同一労働・同一賃金」について、当初筆者はコーポレート・ガバナンス改革で行われたようなcomply or explain方式(ルールに従えないのであれば、その理由を説明せよ)をとり、賃金格差を説明するにはjob descriptionを提示させればよいと考えていました。しかし、実際にはそこまで踏み込むことは行われず、示されたガイドラインは曖昧(経験や能力などが同じかどうかの基準は示されず、企業が判断することになる)かつ法的拘束力のないものだったため、実効性は乏しいとの見方が一般的となっています。

一方、長時間労働の上限規制に関しては世論の後押しもあり、罰則付きの厳しいものとなりました。これが実施されれば、子育て中の女性が正社員として働くことを促すほどのものではないとしても、メンタルヘルスの確保(ひいては過労死の防止)には役立つと思います。ただし、規制は一律に長時間労働を制限するもので、いかに短時間労働で生産性を上げるかという視点は入っていません。結局、生産性向上は企業努力に委ねられた形ですから、これが成果を上げなければ人手不足を深刻化するだけになってしまう恐れがあります。

このほかの「働き方改革」としては、労働時間ではなく成果に対して賃金を払う脱時間給制度があり、これは研究職や専門性の高いホワイトカラーにとっては極めて自然な制度です。しかし、筆者が不思議に思うのは、なぜこれがjob descriptionの明記という方向に進まないかということです(ジェネラリストの管理職と違って彼/彼女らの職務を定義するのは簡単です)。逆に、職務の明記なしに脱時間給制度が実施されれば、悪質な上司の下では部下は次々と課題を与えられて長時間労働が慢性化する心配があります。

元々日本的雇用は法律や規制で定められたものではなく、民間の慣行によるものです。しかし、税・社会保障制度や教育など、多くの公的な制度が日本的雇用を前提に組み立てられてきたのが戦後日本の大きな特徴でした。ですから、日本の雇用を変えていくうえで政府が果たすべき役割はまず、こうした日本的雇用と補完的な制度を変えていくことにあるはずです。この点、昨年夏に女性の本格的な労働参加を制約している配偶者控除の見直しが提起されたとき、筆者は極めて重要な一歩だと考えました。しかし、専業主婦らの反発を恐れた政府・与党は簡単に腰砕けになってしまいました。また大学教育については、一部の研究大学を除き多くの大学が学生のemployability(雇用されるにふさわしい能力)を高める方向の教育改革が求められていました。しかし、今議論されているのは単なる選挙目当ての大学無償化であり、教育の中身は問われていません。これでは、定員割れ大学の救済策に終わってしまうでしょう。

  • (注1)「働き方改革関連法案」は2018年6月29日に成立。

「働き方改革」で必要なのは「ジョブ型雇用」

「働き方改革」に関する筆者の持論は「ジョブ型雇用をデフォルトに」というものです(これは筆者だけの意見ではなく、多くの識者のコンセンサスだと考えています)。ここで「デフォルト」という言葉を使っているのは、従来の正社員の外側にジョブ型の「限定正社員」を導入するのではなく、ジョブ型が普通の働き方になるという意味です。そうなれば「貴方の仕事は何ですか」と尋ねられたとき、「○○社の社員です」と答えるのではなく、諸外国のように「私はエンジニアです」、「私は会計の仕事をしています」と答えるようになるでしょう(その背後には、先に述べたような構造変化により企業特殊的な人的資本の重要性は低下している、ないし簡単に陳腐化してしまうリスクの高い資産になっているという認識があります)。

また、これまで日本企業では「残業、転勤、何でもあり」で無制限に働ける人だけが一級社員で、それ以外は全て二級社員として扱われていました。これは非正規雇用だけの問題ではありません。例えば職種上は正社員であっても、出産や子育てで育休を取り、短時間勤務を経験した女性はマミー・トラックなどと呼ばれて二級社員扱いされていないでしょうか。多くの男性は他人事だと思うかもしれませんが、あと数年で団塊世代が後期高齢者になります。多数の幹部職員に突然介護負担が襲ってくる時期は、そう遠い先ではないのです。また、極めて優秀な社員であっても60歳を超えて再雇用になれば、途端に二級社員扱いが普通です。これらは大変に無駄なことであり、かつ公正さを欠く扱いだと思います。

こうした時代の要請に応じて「働き方改革」を進めていく主役は、言うまでもなく企業です。ここでまず必要とされるのは、職員一人ひとりの能力と制約に応じて職務の高さと幅を設計し、報酬を決めることです。先の例で言えば、子育て期にある優秀な女性ならば、職務のレベルとしては高度のものを要求しつつ、その幅は多少狭めるということになるでしょう。その間の賃金は下がりますが、子育てが終われば職務の幅を広げ賃金も上がります(いつまでもマミー・トラックということはありません)。介護負担を抱えた幹部職員も、基本的には同じだと思いますが、管理職よりも専門能力を活かす職務の方がいいですし、リモートワークを活用できるとより良いでしょう。

このようなことを言うと、人事部の人たちからは「そんなことは無理だ」と猛反発を喰らいそうです。しかし海外では、こうした職務の設計(job design)が人事の仕事の中核を成しているのです。いずれ避けられない変化なら、率先して実行する者の勝ちです。しかも、目標管理制度を採り入れている企業ならば、個々人のルーティンに課題・目標を加味していくことで職務設計が可能になると思います。従来の日本企業では、部署が変わると個人の目標は全てご破算になって出直しでしたが、職務が連続するようになれば、これこそがジョブ型雇用です(海外では、むしろ従来の固定された狭い職務に個人をはめ込んでいくような運用を弾力化する方向が主流のようです)。

それでも、従来比較的同質な学生を新卒一括採用したうえで彼/彼女らをマスとして管理し、「Aさんの後任はB君」という人事を決めることを仕事だと考えていた人々は「大変な難題を抱え込んだ」と思うでしょう。しかし、ジョブ型雇用になれば下位職階の職務設計や人事は現場の管理職に任されるのが普通です。コーポレート部門としての人事の役割は、会社全体の人的資源を把握して必要な人材を採用し、足りない能力をOJTやOff-JTで強化していくことが中心になると考えています。しかも、紙ベースの人事では不可能だったことが、今は人事情報のデータベース化により遥かに容易になりつつあります。こうして従来の人事部(personnel department)は人財部(human resource management)に変わっていくでしょう。こうした変化が完遂された暁には日本的雇用だけではなく、日本の企業自体が変わっているはずです。それが「働き方改革」こそ最重要の構造改革であり、成長戦略だと言われる所以なのです。

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知創の杜
特集
「正社員の働き方を変えるー「働き方改革」の核心ー」

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