[スポーツ×テクノロジー]が「21世紀の産業革命」を生む

少子高齢化社会の危機が叫ばれてからすでに長い時間が経ちます。しかし、その解決策は未だに見つかりません。日本を追うように多くの国々が高齢化へと進む中、スポーツとテクノロジーの新たな可能性が見えてきました。
【Fujitsu Forum 2018 特別講演レポート】

本セミナーでは、国際体操連盟(FIG)会長 渡邊 守成氏が講演しました。

プレゼンスが低すぎる日本のスポーツ

私は2016年の10月に国際体操連盟(FIG)の会長選挙に勝利し、昨年の1月より第9代FIG会長に就任しました。FIG会長は何をしているのかというと、まずは組織運営に関わること。そしてIOCなど、他の国際スポーツ団体との会議。次は発展途上国への支援。そして各国首脳との会談です。

先進国ではスポーツのプレゼンスは大変高いものです。どこの国を訪問しても首相やスポーツ大臣から面談の申し入れがあります。そして、社会貢献のためにスポーツが何を成すべきかについて熱い談義をかわします。しかし日本ではスポーツそのもののプレゼンスが低く、野球とサッカー以外は、国際的な競技大会の時か問題を起こした時くらいしかメディアで大きく取り上げられることはありません。残念なことです。

高齢化社会は「産業革命の歪み」を正すチャンス

各国首脳との間でどのような話をしているのか。その一例が本日の講演テーマである『21世紀の産業革命はスポーツから』です。
産業革命とは、「生産技術の革新」とそれによる「社会構造の大変革」のこと。18世紀後半、イギリスで始まった第1次産業革命、20世紀初頭の電力を利用した第2次産業革命、20世紀後半にはコンピュータによるオートメーションによる第3次産業革命と進み、そして今またAIやIoTによる第4次産業革命が始まったと言われています。
しかし、昨今私はそれに違和感を覚えています。確かに便利にはなりましたが、目的が「人々の生活を豊かにする」から、「企業の利益追求」へとすり替えられ、本来の意義から逸脱しているように思えるのです。

ところが、「産業革命の歪み」を修正し、本来の目的を取り戻すチャンスが到来しました。一般的には社会危機と言われる「高齢化社会の到来」がそれです。日本は超高齢化社会において世界のトップです。そして、日本を追いかけるように世界各国も高齢化社会に突入しています。皆さん、70歳を超えて年金生活となって、新しい車や新しい冷蔵庫が欲しいですか? 違いますよね。欲しいものは健康。PPK、つまりピンピンコロリです。2060年、世界で車を買わない人が17億人となり、PPKを望む人、健康を買う人が17億人生まれます。ビッグマーケットの誕生です。

渡邊氏講演資料より

スポーツとテクノロジーの協働により、機械文明から人類を取り戻す。社会保障費の削減を行い、社会構造の変革を起こそうというのが、私の主張する「21世紀の産業革命」です。高齢化社会の最大の問題は、社会保障費の増加です。現在の日本の年間医療費は高齢化に伴い40兆円まで膨れ上がり、今後も伸び続けます。世界の中で日本が最初にこの危機に直面します。

渡邊氏講演資料より

この高齢化社会対策に有効な手立ては健康寿命を延ばすこと。男性の健康寿命は71歳、介護生活は9年。女性の健康寿命は74歳、介護生活は12年。介護に頼らず、健康な状態から、介護期間が短いほうが、本人にとっても、家族にも、社会にも良いのです。

渡邊氏講演資料より

健康寿命を延ばすために必要な要素は「運動」「食事」「社会参加」です。中でも中心となるのが運動です。運動をすれば腹も減りますし、仲間もできます。スポーツこそが世界の高齢化社会を救うのです。では、どのようにしてスポーツとテクノロジーが協働していくのか。それがスポーツによる産業革命をスタートするキーであり、実はそのキーを握っているのが富士通だと思っています。

冗談から始まった「採点のコンピュータ化」

2015年、富士通社内に東京オリンピック・パラリンピック推進本部が設置されました。担当の藤原英則さんが「何かお手伝いできることはありますか?」と尋ねてこられました。私は「日本はテクノロジーが進んでいでるから、今後の国際的な競技大会の体操ではロボット審判が採点するらしい――関係者がそう噂しているぞ」と冗談で話しました。それから8カ月後の2016年5月、私が海外出張から帰国しますと、成田空港からそのまま東京国際フォーラムに連れて来られて、なんと常務と一緒に記者会見です。
「今から富士通が3Dセンサーを利用した体操の採点コンピュータ化について記者会見をします。はい、国際体操連盟理事の渡邊さんです。どうぞ」という感じで(笑)。
海外ではよく富士通という企業はどんな会社だ?と尋ねられるので、このエピソードとともに「ジョーク・カム・トゥルーの企業だ」と紹介しています。

そんなことで始まった「体操の採点コンピュータ化」ですが、2020年での実現を目指して順調に進んでいます。採点スポーツではしばしば誤審が発生しますが、この3Dセンサー技術を使ったコンピュータの採点システムを導入できれば解決できます。世界中のスポーツ関係者が、その完成を待ちわびているのです。

また、このシステムは普段の練習では技術面のサポートもします。それによりスポーツは異次元の発展を遂げると思います。コンピュータ解析をテレビ放送の画面で示せれば、すべてのスポーツを視聴者にも理解しやすく、納得しやすい形に変革できます。スポーツのレボリューションです。でも、これで終わってしまえばスポーツ関係者の話だけ。「スポーツによる産業革命」にはつながりません。あくまでも「スポーツとテクノロジーの協働」がゴールであって、採点のコンピュータ化は、入口にすぎません。

普段の身体使いを分析し病気の予防に役立てる

早速このシステムをIOCのバッハ会長に説明に行きました。さすが視点が鋭いですね。プレゼンを見るなり、「ヘイ渡邊、これはすべての競技団体が導入するようになるだろう。そうすれば俺の頭痛はなくなる。グッドジョブだ。ところでお前のことだから、当然これはメディカルコミッションに報告しているんだろうな」と指摘されました。
「いえ」と答えると、「すぐに報告しろ。これは選手の怪我防止にも使えるし、人類の健康維持に使える。早くしろ」と叱られました。ということで、やっと最初の高齢化社会の到来に話がつながった訳ですね。

高齢者となって車いすに生活にならないためには運動が必要です。ピンピンコロリとなるためには健康維持が大事。そのためには、先ほど説明したとおりスポーツが最も大事なのです。スポーツ以外に予防は難しいのです。これまでの医療テクノロジーはCTやMRIという病気を発見するためのテクノロジーでした。MRIを使って患者の病巣を発見し、薬を与えてきました。これからは病気にならない予防医学のテクノロジーが重要となります。
これからは、3Dセンサーを使って普段の身体使いを分析し、整形外科医は専門的予防を行います。普段の身体使いから内臓疾患の可能性を予防できるかも知れません。様々な可能性が出てきます。

既にこのプロジェクトはIOCの知るところになりました。また、私は6月19日にWHOに行き、このプロジェクトを説明してきます。
スポーツとテクノロジーの協働により、多くの人が健康になり、健康寿命が延び幸せになっていく。ただ便利なだけではなく、健康を維持できることで、本当の心の豊かさを感じることができる。これが今回のプロジェクトの本当の意義、「スポーツによる産業革命」だと思っています。世界のスポーツ関係者だけでなく、すべての人類がこのシステムの恩恵を受けられるものと信じています。

外に打って出て活路を見出すしかない

最後に少しだけ厳しいことを言わせてください。世界中を回っていると、悲しい現実を見せつけられます。どこの国でもテレビはLGやサムスン。街の看板もLG、サムスン、ファーウェイ。アフリカ諸国では、日本企業の名を言っても「何それ?」。いや、今やヨーロッパでも同じ状況です。
道を歩けば「ニイハオ」と声をかけられ、「No」と言えば「アンニョンハセヨ」。既に日本は忘れ去られ、世界での存在感は地に落ちています。最近、中国が「日本は先進国ではない」と言っていましたが、正直なところ海外から見ればそのとおりです。IT先進国とは名ばかりで、Wi-Fi環境はアフリカ諸国以下。給与が上がらない状況はとても先進国とは言えません。

それでも、政府も企業も日本は大丈夫だといいます。借金大国になっても、タンス預金があるから、企業の内部留保があるから大丈夫。見事なまでの自画自賛です。企業も国も、いつの間にか「自己保身のための責任回避、問題先送り」。誰も将来を見ていません。居心地がいいので外には出て行かない。日本は岩屋の山椒魚になっているのです。

縮小・委縮している日本市場の状況を鑑みれば、今我々の立場は外に打って出るしか活路はない。日本企業が何をしなければならないのかは明確だと思います。

富士通さんのこのプロジェクトは、日本の体操界の発展、世界のスポーツ界の発展にとどまるものではありません。ホモサピエンスの進化を変えるプロジェクトなのです。

登壇者
  • 国際体操連盟
    会長
    渡邊 守成 氏