編集部ピックアップ

人生100年時代を見据えた「働き方改革」成功のポイント

働き方改革の「次の一歩」を考える

後半は、モデレーターの慶應義塾大学大学院教授の高橋俊介氏が、長時間労働の是正から始まった働き方改革の「次の一歩」を考えるにあたり、原点に戻って多様な視点から見直す必要があるとして、3つの視点を紹介しました。

慶應義塾大学大学院
政策・メディア研究科 特任教授
高橋 俊介 氏

第1が「ビジネスモデル自体の視点」です。叱咤激励型リーダーシップと若者の体力・やる気に依存する従来型ビジネスモデルは、顧客に振り回されて生産性が低いにも関わらず多用されてきました。その背景にある「トップライン(売上)重視/ボトムライン(利益)軽視」という考え方の背景には、ボトムラインがトップラインに比べて見えにくいことがあります。

そこで第2の「可視化と仕組化の視点」が重要になります。過度なトップライン偏重を防ぐには、多様なKPIの見える化によりボトムラインに至る複雑なバリューチェーンの中間指標を意識することが重要になります。伝承型(上下型)OJTへの過度な依存は業務の標準化を妨げ、IT投資効率化の妨げとなります。業務を標準化することで社員一人ひとりの仕事が可視化、仕組化され、セルフマネジメント能力を高めやすくなります。

ここで重要なのが第3の「マネージャー教育という視点」です。日本でスーパーマーケットの店長が休めないのは、マネージャーの仕事が明確に定義されていないため下位職代行に逃げているからです。仕事が可視化されていればマネージャーの育成支援が容易になり、マネージャー自身も自己への投資を含めて時間を有効に使えるようになります。

デジタルスキル不足がICT投資の障害に

続いて、モデレーターの高橋氏は、経済産業省の伊藤氏に「国が働き方改革を進めていく上で民間企業に期待したいこと」を尋ねました。伊藤氏は「富士通は人事/HRとICTテクノロジーの責任者が密にコミュニケーションを取れているが、特に中小・中堅企業では、人事労務などの現場とICT部門の関係が希薄なために担当者のデジタルスキル不足でICT投資が進まないところが多い。国としてもデジタルスキルの基礎訓練への支援を強化している。HR部門でICTやAIがより身近になるように、ベンダーとクライアントのコミュニケーションをより緊密にしてほしい」と期待を述べました。

その上で伊藤氏は「テレワークなどのパーソナライゼーションが進んでいる企業では、次のフェーズは『人事評価改革』になる。ここは経営の根幹に関わるので国が直接関与することはないが、一人ひとりのニーズに合わせて働き方の選択肢を広げて行く時、成果をどう評価して従業員のモチベーション、コンペンセーションを維持していくかを十分考慮してほしい」としました。

次に高橋氏は、富士通の松本に「中小・中堅企業がICT投資で生産性向上を進めていく上で何が障害になっているか」を尋ねました。松本は「お客様に対し、IT投資を行うとどれくらい会社の損益に貢献できるのかというKPIをきちんと定めることが難しい。もう少し分かりやすい形のKPIを提示できれば、顧客は自社のケースに当てはめて、これだけ投資すればこれだけ回収できるという絵を描きやすいと思うが、現実にはなかなか納得行く形で示すことができていない」と、問題点を指摘しました。

また、伊藤氏は松本の考えを理解できるとした上で、働き方改革の最大の落とし穴として「改革がもたらす企業の利害と従業員の利害がトレードオフにならないように両立させていくことの難しさ」を挙げました。「ICTベンダーとクライアントの関係では『KPIの見える化』が鍵となるが、企業内部での人事部門と他部門の一般社員の関係も同様で、社員側に多少でも「自分の得になる」ということを腹落ちできる評価がなければICT投資の効率は上がらない」と述べました。

急がれる人事評価改革

次に高橋氏は「これからの企業に必要な人事評価」について富士通の林に尋ねました。林は、「昔の人事の考え方は従業員『管理』であって、社員をあまり信用せずに仕組みを作って管理してきたが、働き方改革では、社員を信用して自律的に働いてもらうという方向に舵を切った」と説明。「しかし同時に、『自律的に働くということには自己責任が伴う』ことも認識してもらわないといけない。そのためには人事制度の見直しが必要」との見解を示しました。

これに対して高橋氏は「テレワークになっても残業代が減っただけだと社員に受け取られるのでは意味がない。例えば残業代が減った分は生産性が上がって利益が増えるわけだから、それがボーナスに反映されるような、企業と社員がWin-Winの関係になる必要がある」と述べました。また、松本の言う「KPIの見える化」については、貸主と借主の相互評価が蓄積されて誰でも見られるAirbnbのようなシェアードエコノミーを引き合いに、「年に1度の評価ではなく、日々の細かい仕事の中で評価を積み重ねることで、『仕事の見える化』をすることが大切」としました。

年齢を重ねた人のセカンドキャリアの枠組みが必要に

高橋氏は続けて「人事の立場から政府に期待したいこと」を林に尋ねました。林は「開発者や研究者からは思う存分やりたい時に働き、アウトプットで評価してほしいという声が多い。一方で企業には安全配慮義務があり、健康管理のために従業員がどれだけ働いているかを把握する必要もある。国際競争力を損なわないためにも、裁量労働やホワイトカラーエグゼンプションを実現できる仕組みを早く作ってほしい」とし、「人生100年時代には1企業が社員の面倒を生涯見ることはできない。個人のキャリアを長い目で見た時、これまで以上に企業やグループを越えた人材の流動性を高めると同時に、年齢を重ねた人のセカンドキャリアの枠組みを国と民間企業が一緒に進める仕組みが必要になる」と述べました。

これに対し高橋氏は、内閣府が進める高度プロフェッショナル人材の地方還流制度を利用して、多くの50代がメーカーや商社から意欲の高い経営者がいる地方の中堅・中小企業へ転職している事例を紹介しました。伊藤氏も「人生100年時代には、何らかの形で80歳前後まで働く人も多く出てくるだろう」とし、「30数年とされる日本企業の寿命よりも個人の職業寿命が上回る時代に向けて、経済産業省でも社会人が様々なスキルを身につけて転職や副業を行いやすくすることを考えている。大企業にも、社会的責任として、従業員が働きながら成長できる機会を用意してもらい、それを国として支援していきたい」と意向を語りました。

次に高橋氏は松本に「政策として国に期待したいこと」を質問。松本は、最近キャリアプランを教える大学が増えていることに触れ、「10年後、20年後の自分を考えさせることが重要ということには賛同するが、その本質を学生がきちんと理解しているかが疑問」と語り、「大学では受け身の姿勢でも通用したことから、社会人になって自分の描いてきたキャリアプラン通りにならないのは会社がそうしてくれないから、という感覚を持つ傾向がある。自分が学んだものを取り込んで自分の価値観を変えていくことが大切だと事あるごとに若い人たちに話しているが、大学でも伝え方を工夫してほしい」と述べました。

人生100年時代を見据え、さらなる学びの機会を

最後に高橋氏は「人生100年時代には70歳、80歳の人が普通に会社で働いている状況がどこでも起こり得る。その時にどう考えるべきか、何を変えるべきか」を全員に投げかけました。

松本は、「これまで年齢を重ねて蓄積してきた経験や知識の殆どが、今はちょっと検索すれば出てくる時代。重要なのは、情報を集めることではなく、そうして集めた情報に対してどれだけの付加価値を与えられるか」であるとし、そういうスキルを普段から養っておくことが大事であると強調しました。また、林は「自分の専門性を長年高めてきた人は、さらに高めるために他のことを学ぼうという姿勢が足りないが、それでは会社を辞めた時に通用しない。もう一度学び直したり、専門性をより価値あるものに変えていく機会を与えていくことが必要」と述べました。

伊藤氏は、人生100年時代に向けた学び改革が政府の重点課題に位置づけられていることについて触れた上で、「それを補完する社会保障、教育、労働、産業政策などのトータルパッケージの立案を急ぐ必要がある」と述べました。また、2018年は働き方改革の軸足が、これまでの「個人」からもう一度「企業」に移り、「人事部改革の年」になるとし、「働き方がこれだけ多様化した中で、企業経営の基盤を担う人事/HRはどうあるべきかという議論が本格化する。すべての企業が、人事はこうあるべきという情報発信をしていかないと人材を確保できず、経営も成り立たなくなる」と述べました。

これらの意見を総括し、高橋氏は「働き方改革を促した要因は、人生100年時代の到来というよりむしろ、特定の環境でしか通用しない日本型ビジネスモデルの限界にあった。多様化するビジネスモデルに合わせて組織モデルやキャリア形成モデルも変化を迫られている。ビジネスモデルの変革が働き方改革の根底にあることを企業経営者はよく認識してほしい」と語り、カンファレンスを締めくくりました。

登壇者
  • 経済産業省
    産業人材政策室 参事官
    伊藤 禎則 氏
  • 慶應義塾大学大学院
    政策・メディア研究科 特任教授
    高橋 俊介 氏
  • 富士通株式会社
    執行役員常務
    CHRO/CHO 人事本部長
    林 博司
  • 富士通株式会社 執行役員 CIO
    松本 雅義