「顧客」を「個客」として捉え、リレーションをつくり上げる「ディスティネーション・ストア」の重要性

顧客(生活者)にとっての「ディスティネーション・ストアになりたい」――小売業を営む人は誰もが願うことです。ディスティネーション・ストアとは、人が何かを買おうと思った時に、まず最初に思い描く店のことを言います。同様に商品についても同じことが言えます。メーカーの立場からは、最初に思い浮かぶ商品(ディスティネーション・グッズ)であって欲しいと思うはずです。店や商品のディスティネーション化は、顧客の支持が得られていることを意味しますし、こういったご贔屓いただける顧客が何人いるかが業績を左右するからです。(富士通総研が発行している情報誌「知創の杜」より)

執筆者プロフィール
今村 健(いまむら たけし)
株式会社富士通総研 執行役員
百貨店を経てコンサルタントとして富士通入社、2008年より富士通総研。主に流通業のお客様を対象にビジネスプロセス改革、情報化構想立案、顧客情報分析などのコンサルティングに従事。近年は、ビジネスを取り巻く環境変化に伴い、新規事業企画や生活者視点に基づくコンサルティングに取り組む。

※当記事は、株式会社富士通総研(FRI)発行の情報誌「知創の杜 2016 Vol.11」P.4~8に掲載されたものです。
※執筆者の所属・役職は「知創の杜」掲載時点のものです。

顧客を育成するポイントは「既存の顧客を理解する」こと

企業は顧客を増やしたり、顧客に対して深耕するために、様々なマーケティング施策に取り組んでいます。最近ではコミュニティを運営したり、顧客と商品の共同開発を行ったりするなど、顧客参加型のマーケティングに取り組む企業も増えてきました。しかし、こういった取り組みによりロイヤル顧客(注1)を増やせるかというと、必ずしも充分ではありません。実際に実務としてディスティネーション化に向けた顧客を育成しようとすると、根本的な何かが足りません。

それは、企業を支えてくださっている「既存の顧客を理解する」ということではないでしょうか。企業を支持してくださる顧客はどういう人達なのか、提供するどのような価値に惹かれているのかを理解することは、ロイヤル顧客を増やすだけでなく、新規顧客を増やすための原点です。既存の顧客を理解するということは、日々の業務の中で行われているように思われますが、実際にできている企業は少ないのが実際のところではないでしょうか。

例を挙げてみます。

全国に店舗網を展開する小売業A社様はオムニチャネルにより顧客の利便性を提供するため、EC(ElectronicCommerce)サイトも展開しています。店頭では幅広い顧客層に支持されていますが、ECサイトの主要顧客層は20代女性だと仰っていました。私たちは店頭と比べて顧客層がかなり偏っているので、疑問に思いました。そこで、サイトを訪問する顧客を調べてみると、中高年の男性もかなり来られています。お買い上げ客層が若い女性中心であるため、彼女たちに支持されるサイトのつくりにしており、中高年の男性層は、自分は求められていない客層だと感じ逃げていたわけです。

店頭はおろかECサイトですら商品を購入された顧客の特徴と、訪問されてお買い上げに至らなかった顧客の特徴の違いは自社が持つデータだけでは分析できませんが、3rd Partyデータ(注2)を活用することで分析できるようになりました。せっかく訪問いただけた顧客なのに正しく理解しないと、自らチャンスを逃すことになりかねません。

では、顧客はどのようにして理解したらよいのでしょうか?

「売上の80%は20%の顧客によりつくられている」という法則にヒントがあります。これは、すべての顧客に好かれようとしても何をしたらよいかわかりませんが、ご贔屓いただいている顧客に好かれようとすれば、どうすれば良いか見えてくる、ということを意味しています。

顧客を理解する方法は、今までは、自社の購買履歴(ID-POS(注3))やアンケート、グループインタビューから分析するしかありませんでした。しかし、ICTが進展し、IoTが現実化するにつれて、新たな顧客理解の手段が整いつつあります。自社データ(1st Partyデータ)に基づく分析では分析の範囲が限定され、年齢や性別といったデモグラフィック情報は分かっても、嗜好性までは、百貨店でもない限りなかなか分かりませんでした。しかし、現在では3rd Partyデータが充実し、より多くの理解が得られるようになっています。具体的には、まず1st Partyデータで顧客を購買傾向の特徴により分類します。次に分類された顧客層ごとにWebでどのような情報を閲覧しているのかを知ることで、興味ある分野が分かります。1st Partyデータには店頭でお買い上げになる会員情報を持つ企業もあります。会員情報を起点に3rd Partyデータを組み合わせることで、デモグラフィック情報だけでなく、嗜好性の理解が進みます。

新規顧客にアプローチをかけることで、獲得の確度を上げる

自社が育成すべき重要顧客が理解できると、新規顧客へのアプローチができるようになります。図1では、自社の重要顧客とデモグラフィック情報や嗜好性の似た人(lookalike/そっくりさん)を抽出し、アプローチをかけることで、新規顧客獲得の確度を上げられることを示しています。1st Partyデータを起点にすることで、ただ単に興味があるから検索している人たち(例:高級輸入車が好きでWebでは頻繁に閲覧するものの、とても購入には至らない人)を除くことができ、従来のリターゲティング(自社のサイトを訪問した人を対象に広告を出稿する手法)とは違う質の高いアプローチができます。

図1 新規顧客へのアプローチ

ここで注意が必要なことが2点あります。1点目は、自社重要顧客のそっくりさんを見つけたからといって社名や商品名を連呼しても、顧客の求めることに呼応していなければ、顧客になってくださる確率はかなり低いということです。図2は、富士通総研がご提供するDo-Cube®(生活者のインサイトをブログから分析するサービス)にて、最近話題のコンベクションオーブンを題材に生活者ニーズを分類したものですが、同じ商品でも生活者のニーズは大幅に異なることが分かります。

図2 コンベクションオーブンの生活者ニーズ分類

ニーズの分類ができれば、正しいそっくりさんの見分け方も分かり、コンテンツを出し分けることで、生活者に寄り添った訴求ができるようになります。

2点目は、Webで興味を持った方を店頭へと誘導することです。商品の魅力を伝え、欲しいと思っていただくためには、実際に手にとって質感を確かめ、販売員から説明を受けることで自分の選択が正しかったと思っていただくことが必要です。永いお付き合いをしていくためには、こういった購入前の経験と実際に商品を使う経験を経験価値として積み重ねることが必要です。

従来は、商品と接客などの販売サービスは一体だと考えられてきましたが、PCやスマホが当たり前になった現在ではWebを活用した啓発(宣伝とは異なるコンテンツマーケティング(注4))も不可欠な要素です。

顧客を育成し、ロイヤル顧客を多く持つ

日本のプロ野球と米国のMLB(Major League Baseboll)は1試合当たりの観客数はそれほど変わりません。しかし、収益の成長度合いは大幅に違います。双方の違いはどこにあるのでしょうか?(図3)MLBはここ10年、顧客全員に平等に対応するのではなく、より多く費用を払う人には、よりレアな体験を提供してきました。例えば、通常の数倍の価格のシートを連続して購入すると選手のサインボールがもらえるといった具合です。

図3 日本のプロ野球とMLBの差

さらに、試合が終わった後では、ご贔屓の選手から「○○さん、今日は応援に来てくれてありがとう。大きな声援のおかげでツーベースヒットを打つことができ、チームの勝利に貢献できました。次回の試合も応援よろしくお願いします」といった内容のメールが届きます。こういう経験をした顧客は、応援したいという気持ちが増し、球場に足を運ぶ機会が増えていきます。

このように、ロングテールで言う「ネック」の部分に当たるロイヤル顧客に対してより厚いサービスを提供し、1人当たり売上金額を上げることで収益力をつけています。自分たちの魅力を魅力と感じる顧客に、より好かれる努力をしているわけです。顧客を増やすことよりも、顧客を育成し、ロイヤル顧客を多く持つことで営業成績を上げています。

では、日本では顧客育成ができていないのかというと、そんなことはありません。ある百貨店のワインショップでは、ワイン初心者には低価格の飲みやすいワインを薦め、顧客のワインに対する知識をご来店ごとに増やしながら啓発して育成しています。顧客は信頼できる販売員から知識を得ることに価値を感じ、やがて高価なワインでもそれ以上の価値を感じるようになります。

人は「価値>価格」であれば値打ちを認め購入に至ります。このように、生活者は啓発を求めています。気づきを得ることで知的な欲求を満たし、もっと知りたいと思うようになるからです。

デジタルの特徴は人やニーズに応じた、きめ細かな対応ができることです。顧客全員に同じ内容のメルマガを送付しても、なかなか振り向いてもらえるものではありませんし、むしろ逆効果かもしれません。顧客に気づきを提供できる、マス訴求とは異なるデジタルの特性を活かした取り組みを行うべきです。

ディスティネーション化の源泉は、「顧客とのリレーションをつくり上げる」こと

B2Cのビジネスでは、提供側として、どういう顧客にどのような価値を提供したいのかという意思を持つことが不可欠です。優良な企業でよく聞くのは「うちらしいか、どうか」が商品開発やサービス導入時の判断基準になっていることです。「うちらしいか、どうか」はなかなか文章化するのは難しいのですが、「らしさ」を魅力に感じる顧客に対して「顧客」を「個客」として捉えたうえで、リレーションをつくり上げていくことが、ディスティネーション化の源泉です。現在では、技術の進歩により、このような取り組みが可能になってきました。挑戦してみてはいかがでしょうか。

  • (注1)ロイヤル顧客:商品や企業に対して「好き」という心理的要因が働いて、継続購入してくれる顧客。ご贔屓いただける顧客。
  • (注2)3rd partyデータ:自社やパートナー企業以外の第三者から購入可能なデータ。データプロバイダー企業はユーザーから予めパーミッションを取得した上で収集データを他の企業のマーケティング目的で提供する。提供されるデータは、よく見るWebサイトの閲覧履歴、検索キーワード、性・年代といったデモグラフィック情報など。 なお、1st Partyデータは自社データ、2nd Partyデータはユーザーや取引先などパートナー提供のテータである。
  • (注3)ID-POS:ID付きのPOSデータのこと。POSデータが「何が(What)、いつ(When)、いくつ(How many)、いくらで(How much)売れたのか」を意味する情報であるのに対し、「誰が(買ったのか)」という情報が追加されたもの。
  • (注4)コンテンツマーケティング:Content Marketing。見込み客や既存顧客に価値のあるコンテンツ(情報)を提供し続け、興味・関心を引き、提供するサービスや商品への理解を深めてもらい、結果としてリード獲得、顧客化につなげるマーケティング戦略。
知創の杜
特集
「顧客を創造する」

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