デザイン思考と共創が、デジタル社会に新しい豊かさをつくる AFFECTIVE DESIGN(後編)

【未来を創るチカラ Vol.8】デザインディレクター 田中培仁

デザイン思考から生み出されていく新規事業の魅力

感性の領域(アフェクティブ)をデザインすることで、デジタル革新の進む社会をもう一度、人を中心に繋げようという田中のデザイン思考は、様々な業界に共感を呼んでいます。未来を先取りしたデジタルサービスを、ビジョンを描くところからはじめ、様々な業種の壁を超えて繋ぎ、過去に例のない共創プロジェクトを実現してきた田中。その事例を見ていくと、また新たな可能性が見えてきます。

異業種とのチームワーク/次世代型ライブビューイングB.Live

B.Liveは2018年1月に熊本で開催された国内男子プロバスケットボールリーグ「B.LEAGUE(Bリーグ)」のオールスターゲームを、最新テクノロジーによって東京・恵比寿で体感する世界初の次世代型ライブビューイング。
550インチの巨大4Kスクリーンに映し出される試合映像、Sound Intelligenceによる選手の靴音やシュート音、コートの振動まで触感伝送によってリアルタイムに送られ、3次元の臨場感が二つの離れた空間で共有された。

「2018年1月に開催したB.Liveは、3次元空間の音をそのまま別の場所にリアルタイムで再現するというもので、誰もやったことのない挑戦でした。特に放送業界やイベント業界など、異業種の人達を巻き込みながら企画を進めることは想像を超える大変なことでした。オーディエンスに対してチケット費用以上の感動還元ができるのか?それも手探りの状況からのスタートでしたが、来場いただいた方へアンケートを実施したところ、通常のパブリックビューイングの倍以上のチケット価格でも満足度が高い結果を出すことができました。臨場感にまつわる音や触覚など、人の感性を伝送する今までにない社会インフラをつくる。そして精度高く伝送するだけでなくプレーのリズムや盛り上がりに合わせた感動体験をつくるアルゴリズムを実装することで、より多くの人の感情を動かす観戦体験をあらゆる場所でリアルタイムに配信できることがわかりました。

現地観戦よりも、テレビよりも、それらを超える楽しい新しいエンターテイメントをつくることで普段は足を運ばない人やライトなファン層など、もっと多くの人に今まで感じたことのない体験を届けることができると信じています。」

無意識の時間をデザインする:睡眠など日常の基本行動を捉える

"日常の生体データを解析する技術"と"睡眠専門医の知見"を融合して開発した睡眠解析技術を活用した新事業。老舗寝具販売メーカーの西川産業などと共に様々な業界を連携させた新規ビジネスの創出に取り組んでいる。

2017年3月より、睡眠解析技術を用いた新規ビジネスを創出しているプロジェクトに加わり活動しています。このプロジェクトは、データの収集から分析、フィードバックといったデジタルビジネスを実践しているだけでなく、リアル店舗でのコンサルティングのような接客にまで介入するアプローチや視点が面白いと思っています。人は人生の3分の1眠っていると言われていますが、自分自身の「眠る」という行為の質を、誰もちゃんと把握できていない。毎日なんとなく感じる、今日はすっきりしている、今日は身体がだるい、などの感覚には実は理由があります。睡眠の状態をセンシングして、その結果を医学的知見と結び付けていく。自分の睡眠の質を、確かなデータと医学的知見をもって知ることができるのです。自分自身が把握できていない基本行為をコンピューティングしていくことの重要性を感じています。こうした無意識の時間の行動をどうユーザーに感じさせて自然に変えていくか、そのためのインタフェースを様々な業界に向けてどう設計していくのかを統合的にデザインしていく取り組みがスタートしています。その過程で、理想的な「眠り」をつくるパートナーが自然に繋がっていくエコシステムをプロジェクトメンバと共に実現できたら理想的ですね。

建築家としての経験が、デザイン思考の原点になった

人を中心に、感性をデザインする。その一貫した姿勢で、最先端のテクノロジーとシンクロしながら様々な事業を手がける田中にとって、デザイン思考の原点はどこにあるのでしょうか。

「名刺に一級建築士と書いてあるので、渡すとよく『え?』と言われてしまうのですが、元々デザインの仕事は、建築や空間デザインからスタートしています。
デザインはとても感覚的なものだという考えは、イタリアのDriadeブランドを率いる建築家のAntonia Astoriという巨匠のいるミラノの設計事務所での修行時代に学んだことが大きいと思います。彼女は設計のアイディアやスケッチを一瞬で判断します。素晴らしいね、これは新しい、これはダメだね、エモーショナルじゃない、パッションを感じないよと。その後に理論をちゃんと付け加えるのですが、最初は徹底的に感覚的です。理屈でどれだけ納得しても、直感的に共感できないものは受け容れられない。逆に直感で『これいいね』と思ったものは、ちょっと理屈がつくだけでどんどん次に進んでいく。理屈抜きで人の心が動けば、自然に行動が変わると学びました。」

人を中心にしたデザイン思考で、異なる業界をつなぎたい

「建築家として実家の両親の家をデザインした時に大きなコンセプトになったのは、亡き祖母が晩年縁側で過ごしていた生活スタイルでした。身体が不自由になっても人と繋がっていたい。近所の友人とのコミュニケーションが生きがい。だから、街の人の動線上にテラスのある家を作ろうと設計しました。

家や環境には人の生活を変える力があって、これからはデジタルをより人間の生活に融合させていくことでより豊かな街の在り方が生まれる時代だと思っています。デザインも街や環境といった大きな視点で、人の流れや繋がりをとらえていくことが重要です。例えば目の前にある窓が状況に応じて会話の声を通してくれたら、心地いい音だけを中にいれてくれたら、そう考えるだけでも暮らし方や建築や街の在り方も変わっていきます。

今までデジタルの領域において環境は付属的なもので、デザインは、プロダクトとかGUIといった製品に組み込まれるものが主流でした。しかし今は新規事業で新しい体験やサービス、プロダクトを作るには、理想とするビジョンやUX(ユーザー体験)があり、どんなハードウェアを使ってどんなUI(ユーザーインターフェイス)でどんな空間で...という一連のものを「人」で繋げる必要があります。様々な領域のデザインを掛け合わせて一つの最適なサービスを作る。それはいわゆる建築や街づくりでやっていることととても似ている気がします。」

「デザイン思考をひとことで言うなら、シンプルに、徹底的にユーザーの視点で考え抜くプロセスだと思っています。でもそれはとても難しいことでもあり、ユーザーの視点ですべてを考えると、デザインする領域がまたがってしまう。例えば『眠る』という人間の基本行動を見ても、食や運動などいくつもの異業種がビジネスで関わっていますが、一人の人にとってそれは別々のことではなく自分の眠りに集約されるはずのものです。

技術ありきでなく、人間の視点での新しい感覚とそれが新しいビジネスにもたらすインパクト。人にとって理想なサービスとして、人の行為ごとにバラバラに展開されているサービスを、業界をつないで実現する、そんな社会を作りたいと思っています。」

ディストピアではなく、ユートピアにしていくために

高度にテクノロジーが進化した社会がどのようなものになるのか、それは本当により良いものとなるのか、多くの人々は期待と同時に大きな不安も抱いています。デザイン思考は、現代に生きる私たちが持つべき未来への責任も、考えるきっかけとなります。

AFFECTIVE DESIGN展 期間限定の体験スペースで、心臓の鼓動に合わせて踊るロボピンたち

「これからの社会をディストピアにするか、ユートピアにするかは、私たちのようなデジタルカンパニーのデザイン部門に投げかけられている大きな問いです。

アフェクティブ(感性)をあらゆる業種業態へ掛け合わせてデザインしていくことで、新しいイノベーティブなサービスがたくさん生まれていきます。そこにエフェクティブ(効率性)なビジネス性を掛け合わせて価値をつくっていく。それが、私たちがこれまで様々なお客様との共創の知見から得た方法論です。

音(Sound Intelligence)や眠り(ねむり相談所など)の事例のように、人の感覚やそこからくる行為といったものを中心にして様々な業種や業態を繋ぎ、アフェクティブデザインを活用して、人にとって自然でより豊かなサービスをつくっていく。それがデジタルの進化に伴って社会をユートピアにしていくための、私たちのビジョンです。未来というのは、予測するものではなくて、可能性を明確にして、つくっていくものだと思うので。」

デザイン思考によって、向かうべき未来が近づいてくる

「デザイン思考は、ある意味クリエイティビティを発揮するための考え方でもあり、富士通とお客様のクリエイティビティを高めることにつながると思っています。

イノベーションや新しいことにチャレンジすることがミッションの組織は、矢面に立って多くの他部門との関係性や合意形成に悩んでいるお客様がとても多いと感じています。一つのイノベーションをビジネスにすることは、とても難しくてハードルが高い。デジタルテクノロジーを使えば何かできる...というところから0スタートをすると、とても長期戦となってしまいます。

0ベースでイノベーションを考えるのではなく、アフェクティブデザインのような人をベースにした思想や新しい価値観をベースにして考える。そして様々なノウハウからくる合意形成のプロセスや仕組みづくり、街のコミュニティを活用した実践の場から生まれるクリエイティビティを活用して未来を考えることで、向かうべき方向性にたどりつくまでの時間を大幅に短縮できるのではないかと思っています。また現在自動車メーカーや航空会社など様々な業界とのコラボレーションプロジェクトがスタートしており、業界の垣根を越えてお客様を繋げていくお手伝いができればと考えています。

スモールギャザリング、まずは一緒に小さくスタートしませんか。」

富士通デザイン
デザインディレクター・一級建築士
田中培仁
都市や建築・空間デザインといった統合的なデザインの知見を活かし、ビジョン・サービス・製品・空間・プロモーションまで統合的なデザイン活動を実践。共創からはじまる多岐に渡る新規事業プロジェクトを牽引。代表的なアワード受賞歴として日経ニューオフィス賞、SDA賞、グッドデザイン賞など多数。