悲願のJ1制覇!選手たちを支えたフィジカルトレーニングの秘策(後編)

【未来を創るチカラ SPORTS×ICT編 Vol.2】~川崎フロンターレ中村憲剛選手×篠田洋介フィジカルコーチ対談~

データ分析によって、選手の特性に合わせたトレーニングが可能に

チームメイトとトレーニングを行う中村憲剛選手。練習着の下にIoTデバイスを装着し、リアルタイムにデータを計測している。

前編からの続き)

――フロンターレでは、今年からフィジカルトレーニングにスポーツブラ型のIoTデバイスを取り入れているそうですね。海外のビッグクラブが先駆けて導入し、公式試合でも使用が解禁されて注目を集めている装具ですが、その大まかな仕組みと使用するメリットを教えてください。

篠田 スポーツブラ型のインナーにGPSや心拍計、加速度センサー、地磁気センサーなどが内蔵されていて、選手が身につけてプレーすることで、走行距離やスプリント回数、加減速の回数、ターンの回数、運動負荷、心拍数など、たくさんのデータがリアルタイムに取得できます。フロンターレでは、そのデータを実際の映像と照らし合わせながら試合の振り返りをしたり、選手個々の特性や筋肉にかかっている負荷に合わせて練習メニューを組み立てるという使い方をしています。

川崎フロンターレが使用しているスポーツブラ型のIoTデバイス。背中のポケットに小型のGPSを固定し、胸下部分に心拍計バンドを差し込んで使用する。

中村 選手としては、自分たちに課せられたメニューをしっかりこなすだけなので、特に何かが変わるわけではないんですけど、コーチがこうしたデバイスを使うことで練習メニューがより緻密なものになるのはいいですよね。

篠田 こうしたデバイスを使う大きなメリットは、データを参考に負荷をコントロールすることでオーバーワークよるケガのリスクを軽減できることだと思います。もちろんデータが全てではないんですが、運動強度をどのくらいにするかというのは、これまで我々コーチの経験や勘によるところが大きかったので、そこをデータがバックアップしてくれるというのは心強いです。

中村 今後データがどんどん蓄積されていけば、いろいろ応用できそうですよね。例えば、ケガをした時にどうやって回復していったのかがデータとして残っていれば、リハビリにすごく役立つでしょうし。あらゆるデータを長期的に取り続けることって、これからすごく重要になってくると思いますね。

スポーツブラ型のIoTデバイスを手に説明する篠田洋介フィジカルコーチ。

篠田 海外のクラブに続いて、Jリーグでも多くのクラブがこういったICTデバイスを導入しはじめていて、世界的なスタンダードになりつつあると感じています。デバイスの開発も進んでいて、今後はもっと小型化されていくでしょうし、映像とリンクして、例えば、選手画像をクリックするだけで走行距離やターン数がリアルタイムで分かるようになったり、チームに必要なデータだけが瞬時に可視化されたり、どんどん使いやすくなっていくんじゃないかと思います。

ICTを活用した育成プログラムや疲労計測システムに期待!

サッカー界のICT活用について語る、篠田洋介フィジカルコーチ(左)と中村憲剛選手(右)。

――2020年をきっかけに、スポーツでもICT活用が急速に進んでいくと考えられていますが、サッカーにおいてはどのような活用を望まれますか?

篠田 ジュニア世代へのICT活用ですね。ジュニアの子たちがプロに上がるまでのデータがあると、より効果的な育成プログラムが開発できるはずです。あと、スマホと連動して、その日の体調、睡眠、栄養、体重、起きた時の気分などを練習前に把握できるようになると、よりきめ細やかなコンディション管理ができるようになりますね。これは一般の方の健康管理にも応用できると思うので、今後はそういったところに富士通さんのテクノロジーが活用されることを期待しています。

中村 僕は、誰もがあっと驚くような画期的なもの......それこそ、ドラえもんの世界じゃないですけど「どこでもドア」みたいなものが早くできないかな、と思っています。なんだか小学生みたいな発想ですけど(笑)、長時間の移動って選手にとってはものすごい負担なんです。今年はACL(アジアチャンピオンズリーグ)に出場していますが、国内でJリーグの試合をして、そのまま飛行機で海外に行って、翌日練習して、次の日にはアジアのクラブチームと試合......というようなハードスケジュールもあたりまえのようになっています。

ICTで実現したいことについて語る中村憲剛選手。

篠田 「どこでもドア」とまでは行かなくても、疲労の度合いを計測できるデバイスなんかは近い将来、実現可能なんじゃないでしょうか。

中村 あ、それ欲しい! 疲労の感じ方って人それぞれだし、精神論じゃないですけど、選手って限界を超えていても気持ちでカバーして「大丈夫です」と無理をしてしまうことがある。もし疲労を計測できるデバイスがあれば、監督やコーチが「この数値が出ているから使わない」と冷静に判断して、ケガを未然に防げるかもしれないですよね。ちょっと恐ろしい話でもありますけど。

篠田 唾液や尿でストレスの度合いを計測するデバイスなどもあるんですが、もっと確実かつ簡単にデータを取れるようになってほしいですね。例えば、睡眠時に寝具などから疲労度を測定して、なおかつ効率的にリカバリーできるようなシステムができたら画期的だと思います。

人間の本能とテクノロジーを両立できれば、サッカーの未来は面白くなる

――ICT活用でサッカーがどう進化していくのか、注目ですね。最後に、今後の目標や、お二人が思い描いているサッカーの未来像について教えてください。

中村 今年は、全ての大会でタイトルを獲ることを目標にしています。そのためにもケガをせず、毎日のトレーニングを全力でこなして試合で結果を残したい。一年一年が真剣勝負なので、あまり先のことは考えていません。自分がこのチームで有益である限りはやりつづけたいです。

篠田 チームを支える立場としては、昨年よりもさらに体力面、パワー面を向上させて、チームのコンディショニングアップに取り組んでいきたいと思っています。

中村 サッカーの未来は......どうなっていくんでしょうね。僕がサッカーを始めた頃と今でも全然違うので、この先どうなるか想像がつきません。ただ、気合とか根性とかっていう精神論だけじゃなくてICTなしでは成り立たなくなる時代がすぐそこまできているなとは感じます。もちろん精神論は必要だし、今後もなくならないと思いますが、ICTを導入することで実際に成果も上がってきているし、世界的な流れもあるので、テクノロジーを取り入れる動きは今後、どんどん加速していきそうですね。

篠田 精神論や昔のトレーニングが意味のないものというわけではないので、それらの科学的な裏付けを取りながら、より良いものを生み出していけたらいいですよね。未来を予測するのはなかなか難しいことですけど。

試合で結果を残すため、日々のトレーニングにも全力で取り組む中村憲剛選手。

中村 そう。でも、予測できないからこそ、人は未来に惹かれるんですよね。先が見えないところを毎日必死にあがいていくことで切り拓かれていくというか、実際にそうやって僕は生きてきて、毎日毎日頑張って練習して、試合に出て、結果を残すことで自分の可能性を少しずつ広げてきたと思っています。今の子供たちが大人になる頃には、きっといろいろなことが適切にコントロールされて整理整頓された時代になるんでしょうけど、あまりにもデータ重視になって、選手が本来持っているたくましさみたいなものが失われてしまうのは寂しい気もします。たぶん、人間の本能的な部分とテクノロジーをバランスよく両立していくことが大切で、そうすれば、サッカーの未来は面白いものになるんじゃないかと思います。

ICTで実現したいことは?
中村憲剛
1980年10月31日生まれ、東京都小平市出身。
2003年、中央大学から川崎フロンターレに入団以来、クラブひと筋16年目を迎えるベテラン。日本代表でも活躍し、2016シーズンにはJリーグ最優秀選手賞を受賞。日本を代表するサッカー選手。試合の流れのなかで対戦相手の穴を見つけ、卓越したテクニックと戦術眼でその急所を突く名手。今年、37歳を迎えるが、勝負どころで発揮される老獪なプレーは衰え知らず。昨シーズン、念願だったJリーグの初タイトルを手に入れた。クラブを支えてきた人々の思いを背負い、新シーズンもプレーする。
篠田洋介
1971年9月19日生まれ、栃木県宇都宮市出身。
アメリカの大学、大学院で医学、運動生理学やスポーツ心理学などの基礎を学び、指導者としてのキャリアをスタート。2004年から横浜F・マリノスでフィジカルコーチを務める。長年の実務で培った経験を生かし、昨シーズンから川崎フロンターレのフィジカルコーチに就任。選手からの絶大なる信頼を受け、チームと選手のコンディションをサポートしている。