AI新時代へ──。デジタルで、デジタルの壁を超える新技術発明(後編)

【未来を創るチカラVol.7】注目の新技術「デジタルアニーラ」発明者、田村泰孝

トロント大学の協力を得て、ついに形に

インタビュー前編からの続き)
量子コンピューティングに着想を得たデジタル回路によって組合せ最適化問題を高速で解くという、デジタルアニーラ。田村の発想をカタチにしていくために、2016年には富士通とトロント大学のユニークな混成研究開発チームが生まれました。

「2014年に調査的な研究をスタートさせ、ハードを作る可能性の検討を始めました。2016年の初めには、これまで他のテーマでも共同研究をしてきたカナダ、トロント大学のアリ教授(Prof. Ali Sheikholeslami)に無理を言って、日本に来て手伝ってもらいました。

トロント大学側はアリ教授と設計スキルを持った学生2人。日本側はハード設計者1人、アナログ回路設計者1人、量子暗号をやっていたチーム3人という、全くスキルも違う混成部隊。
おかげで何とか研究を継続することができ、2016年『研究戦略説明会』のためにプロトタイプを作って、デモンストレーションに漕ぎづけました。」

デモンストレーションは大きな反響を呼び、この後デジタルアニーラの研究開発は軌道に乗っていきます。

盟友アリ教授との出会い

アリ教授の研究室にて。

「アリさんとは、彼がまだトロント大の学生だった1998年に初めて知り合いました。彼はドクターを取るためにトロント大学で研究をしていたのですが、測定データを取るなど協力してもらうつもりだった会社の都合が悪くなってしまい、困ってツテを頼り、代わりの会社を探し回った結果、富士通研究所にコンタクトしてきたのです。

受け入れた部署にたまたま私がいて、四週間くらいアリさんの研究所での面倒を見ることになりました。非常に印象的だったのは、アリさんが学生ながら事業部の若い人を凄くドライブしていたこと。周りの人をとても上手に動かして研究に協力してもらっていたことです。学問的に優秀なだけでなく、人を使う能力や交渉力が長けている人だなあと思いました。

1~2年経ったときに国際会議に参加したら、トロント大学の先生になったアリさんと再会しました。それからまた半年後くらいには研究テーマの相談を受けたので、『それなら今私がやっている研究に』と引きずり込んで(笑)以来、様々な研究を一緒にやってきました。」

デジタルアニーラの研究は、今まさに"on going"

デジタルアニーラについて語るとき、田村は必ず、これはすでに出来上がったサクセスストーリーではなく、今も研究開発が進行形の技術である、とくり返します。
「デジタルアニーラは、ハードのところが始まったばかり、今まさにon goingの技術です。
今のデジタルアニーラは、マイクロプロセッサの歴史に例えれば、いわばまだ4bitから8bitのような段階。現在のマイクロプロセッサは、魔法のように様々な問題を解いてくれますが、実際にやっていることは単純な加算、乗算、シフトなどの演算で、魔法に見えることは膨大なソフトが実現しています。それと同じように、デジタルアニーラも一見魔法に見えるくらいの働きを実現するために『使う技術』つまりソフトウェアが必要となります。現時点で量子コンピュータ向けソフトウェアを商用化している唯一のベンダー「1QBit社」との協業もデジタルアニーラを今すぐ使うための取り組みです。」

次の一手を打つ、最適な方法を与えられるハードに

デジタルアニーラがこれからどんどん実用化されていったとき、世の中でどのような使われ方をしてほしいと、田村は考えているのでしょうか。

「『どういう組み合わせによって最適になるか』知りたいことが、世の中にはいっぱい存在しています。その中で、デジタルアニーラが、『次の一手』を打つために最適な方法を与えられたらと思っています。意思決定というのは、何かの価値に基づいて行うものです。その価値には、例えば自分の満足感のような感情も含まれていると思うのですが、感情の部分も含めて意思決定に関わる『これからどうするべきかを決めてくれるハード』になることが理想ですね。またそういう使われ方をされるところまで、考えなければいけないと思っています。」

楽天性とユーモアの感覚、アイディアを叩き潰さない

デジタルアニーラの開発というイノベーションを語っているときの田村の表情は、つねに温和なもの。田村が何か新しいものを生み出す原動力は、どこから来るのでしょう。
「考えても何も新しいものが出てこないかも知れないというのは、恐いです。でもそれは、自分だけで思いつこうと思うから思いつかないのであって、世の中にはすでに何か似たことを考えている人が論文を出しているかもしれない。現場で思いついているけれど、気づいていない人もいるかもしれない。この人が考えていることと、あの人が考えていることを組み合わせると解けてしまうかもしれない。最悪の場合、最初はこの方向で行こうと思っていたけれど、あきらめてしまうのも解の一つだと思えば、必ず解はあるのです。

思い付くアイディア100個のうち1個も当たりません。それでめげてしまっては先に進めないので、ある種の楽天性とかユーモアの感覚を持ち、99の失敗から何かポジティブな経験を得ることも必要です。

様々な機器がジャングルのように置かれている研究室で、日々新しいアイデアの検証が行われている。

個人的に大切だと思っているのは、馬鹿なことを試してみる雰囲気です。実際にはそういう理想からは大きく離れた状況なことが大多数だと思いますが、その中でどのように余裕、試行錯誤できる部分を持つかが課題です。例えば偉い人がものすごくまともで、コレをやったらダメでしょ、アレをやったらダメでしょと、新しいアイディアを叩き潰してしまうのはやめた方がいいのかなと思っています。むしろ偉い人が、ちょっと馬鹿なことを言ってくれる方がいいのかもしれない。やり過ぎて周りが迷惑することもあるかもしれませんが(笑)」

最後に、デジタルアニーラというイノベーションを続けながら、これからチャレンジしていきたいことはあるか聞きました。
「デジタルアニーラというものは『将来のハードウェアはどうなるべきか』という問いかけの中から出てきたものです。その意味では、真空管、トランジスタ、集積回路、現在の大規模集積回路と進んできたコンピュータの次を引き継ぐものを見出すきっかけになるような、何か新しいものを見つけたいと考えています。」

小学生の頃から『何か新しいものを作れる人』になりたいと思っていたという田村。
その夢は今も続いています。

富士通研究所 フェロー 田村泰孝
1977年東大工学部電子工学科、1982年同大学院博士課程を修了。
同年富士通研究所に入社。ジョセフソン素子、量子効果素子等の研究を行った後、CMOS回路の研究に従事。
同社フェロー、工学博士、第51回大河内記念賞受賞、IEEEフェロー。