AI新時代へ──。デジタルで、デジタルの壁を超える新技術発明(前編)

【未来を創るチカラVol.7】注目の新技術「デジタルアニーラ」発明者、田村泰孝

AI(人工知能)新時代を牽引する「デジタルアニーラ」への期待

デジタルアニーラは、量子コンピューティングに着想を得たデジタル回路で、現在の汎用コンピュータでは解くことが難しい「組合せ最適化問題」を高速で解く新しい技術です。

次世代に期待されている量子コンピュータは、広く実用的に利用されるのにまだ数十年かかると言われています。しかし社会には解決すべき課題がすでに山のように存在し、例えばそれらをAI技術によって対処するためにも、まずは組合せ最適化問題を解くことが必要となります。

そこに登場したデジタルアニーラは、今すぐ使える、現時点では最も実用に近い、組合せ最適化を超高速に解くコンピュータとして世界から大きな注目を集めています。新たな可能性の扉を今まさに開く発明者、富士通研究所フェローの田村泰孝に、イノベーションの経緯やヒントを聞きました。

組合せ最適化問題を、高速で解くために

「世の中には、組み合わせ方の良し悪しで差が出るものが膨大にあります。何かと何かを合わせた時に、価値なら最大にしたい。コストなら最小にしたい。相乗効果を上げたい。例えば、世界中の都市を周って戻ってくる最短ルート、自動運転の最適ルート、投資のポートフォリオの最適化、AIやロボットに自分で判断させる場合にも、つねに最適な行動の組み合わせを決められる仕組みが必要です。

ただ要素が増えるに従い指数関数的に組み合わせの数が爆発的に増えてしまって、今のコンピュータではそれが良いのか悪いのかまでは調べられません。コンピュータはこれまで非常に進化して性能が上がってきましたが、計算が追いつがない問題に直面しています。

今この瞬間、最適な解は何か、改めて考えてみた

従来のデジタル回路を使って、未来の量子コンピュータが目指しているような技術を提供するという、いわば逆転のイノベーション発想を、どこから得たのでしょうか。

「デジタルの集積回路も来るところまで来て、過去の進化から比べれば、ほぼ性能の向上が止まっています。しかし、コンピュータの性能が止まっていいという社会的な状況ではないのです。皆が『AIはすごい。こんなことができるんじゃないか』と言うけれど、ハードウェアの進歩が止まってしまったら、今夢に描いているものは絶対に実現できません。

組合せ最適化問題を解く専用ハードとしては、量子コンピュータの中に量子アニーラというものがあって、研究している人もたくさんいます。ただ量子アニーラで本当に解けるのか、まだわかっていないことが多く、必ずしも今これが最適な解と思えない、ちょっと待てよ、量子コンピュータでなければダメなんだっけと改めていろいろと考え始めました。結果、同じ目的をデジタル回路を使って高速にできないかという流れに行き着いたわけです。

デジタルコンピュータでも専用化したハードなら、まだ相当性能を上げられます。専用化しても様々な応用に使える組合せ最適化問題なら、市場も大きく多くの人の役に立ちます。高性能で汎用性もあるハードを投入したい。と考えて出て来たのがデジタルアニーラです」

デジタルの技術で、デジタルの壁を超えるために

研究室では様々な実験装置をつくり仮説の検証が行われている。※写真は過去の別研究のもの

組合せ最適化問題に専用化したハードを実際にデジタルで開発していく上で、どのような壁や課題があるのでしょうか。

「壁は今でも目の前にありますが、デジタルアニーラを開発する上での第一の課題は、とにかく速いものをつくる。それにはどうしたらいいかということでした。
高速なデジタルアニーラ実現のために、現在提供できる技術的手段に加えて、様々な解決手段を与えようとしています。それらを適切な順番で取り入れて、つねに競争力があるようにするというあたりが、難しいと思っています。

第二の課題は、組合せ最適化問題のハードウェアとして、十分な汎用性があることです。つまり様々な事に応用できて市場が大きいことが必要です。そのためにすべてのビットが結合可能な全結合のアーキテクチャを工夫しました。
いずれもデジタルアニーラは、もうこれで出来上がりというものではなく、これからまだまだ研究を進めていきます」

一見ダメに思えることも、やってみて見える景色がある

課題をクリアする最適な方法を、田村はどのように見つけていくのでしょうか。

「デジタル回路で組合せ最適化問題を解く方法は、1980年台後半から90年台の第二次ニューラルネット・ブームにかなり研究されていたのですが、当時はプロセッサの性能が目に見えるように上がっていった時代だったために、結局プロセッサ以外の専用ハードを作るという動きは現れませんでした。

専用ハードは未知の試みでしたが、デジタルアニーラの設計を始めた時点では、何か閃いたというよりも、いくつかの方法をダメもとでやってみようという風に試してみていました。その中に、案外筋がいいのではないかというものがあったのです。もしあのときシミュレーションをしていなかったら、見つかっていなかったと思います。

論理だけで思いつくのであれば苦労はないですよね。考えられるところまで来たら、そこから先は、試行錯誤によって色々な方向に考えを伸ばしてみる。いろいろダメもとでやってみる。一見したらダメそうなアイディアでも、やってみたら初めて見える風景ってあるんですよね。やってみて、そこから見える風景のもとに次をやるようにしていかなければいけないのかなと思っています。これは研究をやっているときの一番楽しい部分と言ってよいでしょう」

目の前の問題に向かいながら、大きな流れを考える

大量の研究ノートが、これまでの田村の研究の道筋を表している。

「私の研究は基本的に、自分の見ている分野に対して、現在の技術は何が課題か、それを解決する方法があるのか、将来はどのようになって行くかを考えて思いつくことです。ハード実装や仕組み、日々発生する技術的課題など、細かいことを考えることが70%ぐらい。残り30%は大きな技術の流れを考えています。

大学で勉強していたときに真空管の時代が終わりを迎え、トランジスタができて、集積回路になり、その規模がどんどん大きくなることでダイナミックな変化が起きていくのを見てきました。するとその先はどうなるだろうかと、当然考えるわけです。デジタルアニーラも、「将来のハードウェアはどうなるべきか」という問いかけの中から出てきたと言えます。

大きなことは、本当は偉い人だけが考えればよいと思われがちですが、実際には私も含めて、技術の流れにさらされながら末端の問題を解いている人が、自分なりに考えなければいけないと思っています。むしろ目の前の問題で苦労している人こそ、先のことが案外見えているのではないでしょうか。」

田村の研究者としてのキャリアをよく知る人たちは、田村が今のコンピュータのアーキテクチャと量子力学、両方の知識を持っていて、デジタルと量子という両方のバックグラウンドから考えたときに、デジタルアニーラの道筋が見えたのではないかと言います。量子が流行っているからその方向へというのではなく、逆に「それならデジタルでこれを実現すれば、一番やりたいことが早くできるのではないか。そこを行ってみよう。」と考えられることが、イノベーションの源泉なのかもしれません。

後編では、田村の発想を現実化するために尽力してくれたトロント大学との共同研究や、デジタルアニーラへの思いなどを聞きます。
後編へ続く)

富士通研究所 フェロー 田村泰孝
1977年東大工学部電子工学科、1982年同大学院博士課程を修了。
同年富士通研究所に入社。ジョセフソン素子、量子効果素子等の研究を行った後、CMOS回路の研究に従事。
同社フェロー、工学博士、第51回大河内記念賞受賞、IEEEフェロー。