AIが高める競技スポーツの未来―進化させる選手、監督、審判の技術

スポーツ分野におけるICT活用が新しい段階に進んでいます。これまではセンサーや撮影映像の画像処理を用いて「スポーツをデータ化/見える化」するところに力点が置かれ、そこで得られたデータの分析作業は人間が担当していました。新しい動きは、これまで人間が実施していたデータ分析をAIに任せるというものです。今回は、ICT×スポーツの最先端を見ていくことにしましょう。

ICT×スポーツの基盤は運動状態のデータ化/見える化

AI活用の有無にかかわらず、スポーツ分野におけるICT活用の基盤が「選手の動作やチームプレー全体のデータ化/見える化」であることに変わりはありません。このデータ化が浸透したことによって、多彩なデータを大量に蓄積できるようになり、これらを多面的に分析することでプレーの精度を高めたり、戦術強化を図ったりといった活動が本格化しました。

AI事例を見る前に、その基本となるICT技術を用いたデータ化/見える化の具体例をいくつか見ることにしましょう。

ICTで選手のスキルアップ支援

まず、身近なところとしては、選手のスキルアップ支援があります。選手の動きをセンサーや画像処理で見える化すれば、運動動作を正確かつ直感的に把握できるようになるため、修正点を見つけやすくなります。代表例は、ゴルフのスイング動作を対象とするフォームのチェック。ゴルフスイングの様子をカメラで撮影することでも、悪い癖などを客観的に捉えることができますが、センサーをつけたり、撮影画像を画像処理して表示したりすることで、より正確に身体の動きを分析できるようになり、上級者やコーチに修正すべきポイントを指摘してもらいやすくなります。また、指摘された部分を修正する練習を繰り返した後に、再び自らのフォームをチェックするときも見える化が役立ちます。

ゴルフのスイングフォームを分析するセンシング技術

フォームだけでなく、競技そのものの全体像をデータ化/見える化することで、試合に勝つスキルを身につけようという試みも始まっています。例えば日本ウインドサーフィン協会は2017年夏、富士通、ラピスセミコンダクタと共同で、ウインドサーフィン選手のセーリングスキル向上を目的としたIoT実証実験を実施しました。この実証実験では、ラピスセミコンダクタが開発したGPS情報とセンサー情報を同時に記録できる装置をウインドサーフィンのセールに取り付け、収集したデータを富士通のクラウドサービスで解析して、セールの動きを3Dモデルやグラフで見える化を実現しています。セール操作をデータとして把握できるため、選手は上位選手のセール操作と自分のセール操作の違いを3Dモデルや数値で確認して、自らのセーリングの改善点を検証できるというわけです。

セーリング技術向上のためのIoTトレーニングシステム

対戦相手の戦術分析

対戦型のプロスポーツでは、対戦相手の戦術を分析するための基礎データとして活用されています。テニス、バレーボール、サッカーといった対戦型スポーツでは、自分のスキルを高めることと同じくらい、相手の戦術を見極めて、それに対応して自らの戦術を組み立てることが相手に勝つための重要な要素となります。試合前に対戦する相手選手の試合データを分析し、その選手の特徴を封じ込めるようなプレーや戦術を用意するのは、アマチュアスポーツでもごく普通に行われています。

先進的な試みとしては、対戦中のプレーデータをリアルタイムに収集し、コーチが収集データから試合状況を分析して、より効果的な戦術を見つけ出して試合中の選手に伝えるという取り組みがあります。例えば女子プロテニスの競技団体であるWTA(女子テニス協会)は、コーチが試合中のゲームやセットの間にコート内に入って選手に指示できる「オンコートコーチング」と呼ばれる制度を導入しています。コーチは端末を用いて試合中のデータを示しながら「なぜ劣勢におかれているのか」を選手に説明し、戦術の修正を指示できるわけです。対戦する双方の選手が臨機応変に戦術修正することで拮抗した試合が増え、ゲームそのものが面白くなったと言われています。

選手のコンディション管理

チーム対戦型のプロスポーツ分野では、選手のコンディション管理に役立てる活動が広がっています。チーム対戦型のプロスポーツは、高額年棒の選手の活躍がチーム成績に大きな影響を与えるため、選手を怪我から守り、怪我によるリタイアの期間を短くすることが至上命題となっているからです。

例えば、英プレミアリーグのプロサッカーチームであるレスター・シティFCは、選手の試合中の負荷のかかり方を正確に把握するためにGPSや加速度計などの各種センサーを組み込んだGPSデバイスウエアを選手に着用させています。これを着用して試合をすると、総走行距離、トップスピードで走行した距離、加速、減速などの運動データを選手ごとに収集することができるので、これらのデータを怪我の発生状況と照らし合わせることで、負荷状況や運動の種類と怪我の相関を選手ごとに細かく見つけることができます。この分析によって、それぞれの選手が怪我をしやすい状態がわかるので、選手ごとに細かく体調を管理して、疲労が溜まっている選手を休ませることで怪我の発生頻度を小さくできるようになります。実際レスター・シティFCは、英プレミアリーグを制した2015-2016年シーズンにおいて、プレミアリーグの全チームの中で最も怪我の数が少なかったそうです。

人間の判断をAIが肩代わり

それではAI×スポーツが期待されている分野にはどのようなものがあるのでしょうか。

具体化しているのは収集データのタグ付けです。ICTを用いたデータ化/見える化では、人の動きやボールの動きを正確に記録して再現することはできます。ただし、戦術を分析するには、それぞれのプレーがどのような意図で行われたのかを意味付け、フォーメーションがどのように変化したのかを判別してグルーピングする前処理が必要になります。これらの作業は「タグ付け」と呼ばれており、ゲームに精通したアナリストがゲームを見ながら個別に判定しているのが実情です。この作業をAIが実行できるようになれば、アナリストは分析作業に専念できる時間を増やすことができます。画像処理はAIが得意な分野なので、分類例をたくさん用意して学習させれば、ある程度の精度でタグ付けできると見られています。

チームプレイ:バスケットボール

実践例としては富士通の女子バスケチーム「レッドウェーブ」があります。画像処理で選手とボールを自動追跡し、プレイをデジタル化するモーショントラッキング技術の高精度化にAIを活用しています。レッドウェーブは本拠地とする川崎市の体育館に8台のカメラを設置しており、試合中の選手の動きと、フォーメーションやシュートを認識して記録するシステムを導入しています。
このシステムでは、選手とボールの映像を大量に機械学習させ、要となるゴールに近いエリアでの攻防で選手同士が重なりあった場合でも、選手を正しく認識できるように精度を上げ、シュートの成功や失敗、選手の動きやパスといったイベントとプレー映像のタグ付けを自動で行えるように開発を進めています。
こうして得られたモーショントラッキングデータを活用し、これまで試合や練習の終了後にコーチが分析した結果に基づく指導ではなく、リアルタイムにその場でデータとリプレイ映像に基づく科学的な指導が可能となります。そして、どのような攻撃パターンで得点の成功率が高く、如何に失点を抑えるのかといった戦術分析や、一人ひとりのポジションに応じたトラッキングデータの確認など選手の競技力の向上に活用できます。
更に撮影した映像は、好きな選手を追い駆けてズームアップ映像をファンに届けるなど、観戦のエンターテインメント性の向上にも役立てることができます。バスケットボールでの製品化の後、バレーボールやハンドボールなど、幅広い分野でのモーショントラッキング技術の適用を進めます。

8台のカメラ映像から背景と動く物体の差分によって人物、背番号、ボールを検出。このプロセス全てにおいて、AIを活用しています。

個人プレイ:体操競技

ICTによって審判員の能力を最大限に引き出すために、採点競技の判定を対象とするシステム開発が始まっています。日本体操協会と富士通が共同開発している「技の完成度(出来栄え)」を数値で表現するシステムがそれです。

現在の採点方法は、審判員が演技を見ながら、次々に繰り広げられる技を目視で判定して採点表に記入し、演技終了後に採点を集計するという方法です。そのような中、体操競技では選手の成長が著しく、色々な選手が難易度の高い技を繰り出されるようになり、経験を重ねた審判員であっても瞬時に判定することが難しくなっています。

日本体操協会と富士通は、協会が持つ採点ノウハウと富士通独自の「3Dセンシング技術」を組み合わせることで審判員をサポート、より公平でクリアな採点を目指してシステムの開発を進めています。具体的には、富士通独自の3Dセンシング技術により選手の演技をリアルタイムに"動きのデータ"として変換し、日本体操協会と共同で開発している「技の辞書(動きのデータベース)」とマッチングすることで瞬時に技を認識することが出来ます。この辞書は、AI(機械学習)を用いて開発を進めていますが、体操の複雑な動きをデータ化するためには、非常に多くのコンピューターリソースが必要になります。そのため「FUJITSU Cloud Service K5」のクラウドプラットフォームを使い、分散・並列処理(Hadoop)を行うことで、開発スピードを確保しています。
審判員はこのシステムで提供される客観的な数値データを用いることで、判定に対する納得感を高め、公平性の向上へと繋げていきます。さらには、このような選手の動きのデータを活用し、会場の観戦者やテレビ視聴者へ"新たな情報(コンテンツ)"として提供することで、これまで以上に「選手の凄さ」や「演技の理解」が深まる効果が期待出来ます。

体操競技の採点を支援する3Dセンシング技術

AIがスポーツにもたらす可能性とは

AI×スポーツの開発はまだ始まったばかりで、これから多くのシステムが登場してくることでしょう。さまざまな専門家の知識や経験を大量に学習できることがAIの強みであることを考えると、歴史に残る名選手や名監督が編み出してきた後世に残したい珠玉のプレーや采配も、AIを適切に学習させることで「身近な名コーチ」として手元に置いて、気軽にアドバイスしてもらえるようになるかもしれません。また、採点競技において、しばしば指摘される「芸術点の属人性」についても、「多くの人を感動させた演技」という教師データを大量にAIに学習させることができれば、多くの人が納得する採点をAIが下してくれるかもしれません。

将来、自分の大好きな選手や監督のアドバイスアプリが、ネット経由で利用できるようになったら、スポーツに取り組む際の新しい楽しみになるかもしれませんね。

著者情報
林哲史
日経BP総研 クリーンテック ラボ 主席研究員
1985年東北大学工学部卒業、同年日経BPに入社。「日経データプロ」「日経コミュニケーション」「日経NETWORK」の記者・副編集長として、通信/情報処理関連の先端技術、標準化/製品化動向を取材・執筆。2002年「日経バイト」編集長、2005年「日経NETWORK」編集長、2007年「日経コミュニケーション」編集長を歴任。「ITpro」、「日経SYSTEMS」、「ITpro」、「Tech-On!」、「日経エレクトロニクス」、「日経ものづくり」、「日経Automotive」等の発行人を経て、2014年1月に海外事業本部長。2015年9月より現職。2016年8月より日本経済新聞電子版にて連載コラム「自動運転が作る未来」を執筆。2016年12月に「世界自動運転開発プロジェクト総覧」、2017年12月に「世界自動運転/コネクテッドカー開発総覧」を発行。2011年よりCEATECアワード審査委員。