「破壊的イノベーション」なくして大企業は生き残れない

デジタル化がもたらすシンギュラリティ。社会の構造を根本から変えるような変化の兆しが、今まさに世界中で生まれ始めています。これまで改善や効率化を得意としてきた日本の大企業もまた、イノベーションへの取り組みが急務となっています。大企業が存続していくためには、今後どのようにイノベーションと向き合うべきなのでしょうか。
【Fujitsu Insight 2017「AI・IoTの最先端活用」基調講演レポート】

デジタル化が生み出す新しい世界と、企業に求められるイノベーション

多摩大学大学院教授 KIRO研究所
FUJITSU Digital Business College監修委員長
紺野 登 氏

デジタル化の波は、急速に私たちの日常の世界を変えようとしています。ペーパーレスになる、カメラがフィルムからデジタルになるといった技術的な側面よりも、むしろ社会の構造や仕組みが変わることが一番大きなビジネスチャンスを生み出すと考えています。

身近な例として、最近話題になっているキャッシュレス社会について考えてみましょう。キャッシュレス先進国であるスウェーデンでは、200年の歴史がある銀行が2年前にキャッシュレス化しました。その銀行にはATMや金庫はありません。現金を預からないため、POS端末も必要ありません。このような、従来とは異なる概念を持った社会の創出はすでに始まっています。

キャッシュレス化、バーチャル国民...デジタル化に向けて動き出す各国

実は、スウェーデンのキャッシュレス社会の背後には、EUの「デジタル・シングル・マーケット(DSM)」という大きなストーリーがあります。DSMとは、デジタル技術を用いて加盟国間の通信や制度、法律といった基盤の統制を図り、社会のデジタル化を進めていくというものです。欧州各国の経済規模は小さいですが、集合すると世界最大の経済圏となります。その大きな経済圏がデジタル化することで、大きな社会的変化を実現しようとする試みです。

また、この他に最近話題になっているのが、エストニアの「e-Residency(仮想国民)」という試みです。世界中の誰もがエストニアのバーチャル国民になれるという制度で、日本の安倍首相もバーチャル国民なのだそうです。面積がカリフォルニア州の約10分の1 ほどの小さな国で、全く新しいデジタル社会に向けた試みが始まっています。

今求められているのは、大企業による「ソサイエタル・イノベーション」

では、シンギュラリティ時代において企業に求められることは何でしょうか。シンギュラリティとは「技術的な特異点」という意味ですが、特異点がやって来るのは技術的なことだけではありません。私たちは今後、「文化的」「社会的」「環境的」といった様々な特異点を経験するでしょう。これからの時代において企業は、20世紀型の社会や産業の効率化、付加価値化を前提においたデジタルの活用ではなく、まだ顕在化していない社会全体のニーズ、極限的な欲求を持った問題の発見や解決といったインサイトを持ち、イノベーションを進めていく必要があります。

さらに、変化が激しい時代の中で企業が新しいビジネスを展開するためには、「ピボッティング(Pivotting)」が重要になります。ピボッティングとは「回転軸に合わせる」という意味で、「方向変換」や「路線変更」を意味します。つまり、今後の企業は「いいものを作ること」だけではなく、「世の中を良くすること」に方向を合わせながら、機敏にビジネスを開拓していく必要があるということです。

もう1つ、最近「ソーシャル・イノベーション」という言葉がビジネスの世界でも盛んに使われるようになっています。ソーシャル・イノベーションとは、特定の社会集団に目を向け、問題解決をすることです。しかし、これからのシンギュラリティ時代には、社会制度や都市、生活やワークスタイルといった社会全体の構造を変えていくような「ソサイエタル(社会構造的)・イノベーション」が必要となるでしょう。

イノベーション成功のポイントは"目標"ではなく"目的"を見据えること

では、企業がイノベーションを起こすためには、具体的に何をすればいいのでしょうか。大事なことは、「何かを何%改善する」「売り上げをこれくらいにする」といった目先の目標ではなく、「社会の中で一体何を成すのか」という大きな目的を持つことです。

ある研究では、目的意識の高い企業とそうでない企業を分けて比較した時、目的意識を持った企業の方が、テクノロジーの導入や新しい市場への参入など、様々な側面でイノベーションに向いているということが分かっています。そのため、「従業員の何%が常々しっかりと目標を持ちながら働いているか」が問われるのです。イノベーションは、大きな目的の元に、個々のプレイヤーの小さな目標をコーディネートする「駆動目標」を正しく定めた時に成功すると言えるでしょう。

スタートアップ時代の「破壊的イノベーション」を目指す

もう1つ、大企業に求められるのは「スタートアップ時代の経営」です。現在、世界の至る所でスタートアップイベントが行われています。彼らのアジェンダは「次の世界をデザインするのは誰か?」。これまでは大企業にイノベーションは不可能だと言われていましたが、今は大企業もスタートアップ企業に学び、イノベーションを実現する時代に入っています。

なぜ大企業はスタートアップ企業に学ばなければならないのでしょうか。イノベーションには、「破壊的イノベーション」「維持的イノベーション」「効率化するイノベーション」の3つがあり、スタートアップの時は、どの会社も「破壊的イノベーション」があったはずです。しかし、多くの日本の大企業が得意とするのは、事業を効率良く進め、維持していく「維持的イノベーション」や「効率化するイノベーション」です。つまり、企業が成長するに従って、新しいチャレンジに消極的になっていく傾向があるのです。

しかし、維持や効率化だけでは、次第に顧客の要求が厳しくなったり、開発コストが増加したりして、効率が悪くなり、いずれは利益が低減していくでしょう。そうなるとだんだんと限界が訪れ、新しいイノベーションが必要になります。つまり、スタートアップ時代のような「破壊的イノベーション」を起こすことが、大企業の生き残りのポイントになるということです。

多くの大企業では、本業となる既存事業があり、その周辺にイノベーションとなる新規事業を作るという経営モデルが多いのではないでしょうか。しかしこの経営モデルでは、本業の重力が重すぎて、本業のKPIで新規事業が決定してしまうため、上手くいきません。重要なのは、本業か新規事業かではなく、「深める領域」「進化させる領域」「新しい領域」の3つを同時に行うイノベーション経営です。この経営モデルは、現在世界でもスタンダードになりつつあります。

(図1)イノベーション経営

イノベーション経営に必要な2つポイントは「CIO」と「デザイン思考」

では、イノベーション経営を実践する上での2つのポイントをご紹介しましょう。1つは「CIO(チーフ・イノベーション・オフィサー)を経営の中核に据える」ことです。

CIOとは、革新的な商品・サービスを生み出し、業務プロセスを変革する最高責任者のことです。デジタル化に強い役員を揃えたり、マネージャーとなる人材を教育するなど、イノベーションを推進しやすい経営環境を整える必要があります。今後の企業がデジタル化の波をくぐり抜け、デジタル技術を活用して様々なことを実現するためには、このような新しいトップ像の存在が不可欠になってくるでしょう。

もう1つは「デザイン思考」です。デザイン思考とは、デザインを通じて人間の困難な課題を解決する手法のことで、今やビジネスにおいて世界中に広がっています。

デザイン思考で大事なのは、普段は自覚していなくても、改善することでより便利になるといった「潜在的な困りごと」を発見することです。必要に迫られて探すのではなく、先回りして解決しておくことで、人々の暮らしはより快適になっていくでしょう。

今後は、基本的なデザイン思考を学んだ上で、新しい領域を作り出していくような、クリティカルで飛躍的なイノベーション経営が必要になります。それは、先ほど述べた「破壊的イノベーション」にもつながります。ぜひ、イノベーション経営を実践することで、より暮らしやすい世の中の実現を目指していただければと思います。

登壇者
  • 多摩大学大学院 教授
    KIRO研究所
    FUJITSU Digital Business College監修委員長
    紺野 登 氏