ゼロから学ぶ、ダイバーシティのABC。企業は多様性とどう向き合うべきか

女性の活用や障害者の雇用、外国人労働者との向き合い方など、ビジネス現場では様々な観点から多様性を豊かにすることが求められるようになりました。また、企業CMやSNSなどにおいても、多様性への表現において論争が巻き起こり「炎上」に発展することも少なくありません。このような時代、私たちは「ダイバーシティ(多様性)」とどう向き合うべきなのでしょうか?

米国で創刊し、世界で最も影響力のあるイノベーションメディアとして知られる『WIRED』の日本版がこうした課題に向き合うべく、2017年10月10日にダイバーシティをテーマにカンファレンスを開催。富士通は本イベントに参加すると共に、開催前にもダイバーシティを基礎から集中的に学ぶ基礎講座を『WIRED』日本版と共に開催しました。その一連の様子をレポートします。

国内外の多彩な顔ぶれで多様性を議論した1DAYカンファレンス

2017年10月10日に開催された「WRD. IDNTTY.(ワイアード・アイデンティティ)」には、ミュージシャンや哲学者、写真家など様々なスピーカーが名を連ねる中、富士通は社会へ大きくインパクトを与えるリソースをもつ大企業の立場からカンファレンスへ参加しました。数百人の来場者に囲まれながら、『WIRED』日本版編集長の若林恵氏がモデレータを務め、東京大学バリアフリー教育開発研究センターの星加良司氏と富士通のマーケティング戦略本部 平野隆が鼎談。後ほど触れる、ダイバーシティを基礎から学ぶ集中勉強会で具体的に議論された内容をもとに、ダイバーシティ推進を巡る企業の困難を紐解くことで、カンファレンス参加者に「当事者」として考えることを強く訴える刺激的な内容となりました。

ダイバーシティを基礎から学ぶ、3日間の集中勉強会

イベントは富士通の共創空間「HAB-YU platform」内で行われました。
左から、東京大学教育学研究科バリアフリー教育開発研究センター准教授 星加良司氏、同センター特任助教 飯野由里子氏

前述のカンファレンス開催前、9月28日、29日、10月2日の3日間にわたって開催された集中勉強会は、題して「The ABC of Diversity:ダイバーシティ基礎講座」。勉強会は、カンファレンス参加者に対し、ダイバーシティの知識と理解を事前に深めてもらうことを目的に実施されました。前述の星加氏と同センター特任助教の飯野由里子氏がモデレータを務め、ゲスト講師を交えながらダイバーシティの基礎を「構造」「市場」「組織」の3つのテーマで学び、参加者と意見を交わしました。

Day1.ダイバーシティの「構造」:6つの推進タイプ

勉強会は、「ダイバーシティとは何なのか?」という基本的なテーマについて星加氏と飯野氏によるレクチャーから始まりました。

多様性について考えようとする時、私たちはつい「性別」、「障害」、「セクシュアリティ」、「人種・エスニシティ」、「宗教」といった枠組みを想定しがちですが、実はそれだけではありません。価値観や職歴なども多様性の要素に含まれます。

これらの要素をいくつかの種類に分けてみると、問題が少し整理できます。例えば、外見に表れる「表層的」なものと目に見えない「深層的」なもの。さらにそれが「公的領域」と「私的領域」のどちらで問題になるのか。セクシュアリティひとつとってみても、公的な空間と私的な空間では問題の有り様が大きく変わってきます。

ここで参加者が直面したのは「果たして企業は私的領域なのか?」という問題でした。企業として利益を追求していく「私的」な役割と、ダイバーシティ推進する「公的」な役割。この二つの矛盾は3日間の勉強会を貫く問いかけでもありました。

社会的マイノリティの権利重視から積極的活用へ

飯野氏は多様性が社会問題として前景化してきたのは1950年代〜1960年代の公民権運動からだと明かし、ダイバーシティ推進を巡る取り組みは、社会的マイノリティ(少数派)の権利を公正性を重視することからはじまったと解説。「この時期のダイバーシティ推進とはマイナスの要素を「ゼロ」にするためであり、しばしば企業は受動的・消極的な取り組みを行っていました」と語りました。

歴史が下るにつれ、ダイバーシティ推進の焦点はより多様化していきます。そこで、星加氏と飯野氏はダイバーシティ推進を6つのタイプに分類しました。

ダイバーシティを推進する6つのタイプ

  1. 1.形式的ダイバーシティ
  2. 2.分離型ダイバーシティ
  3. 3.消極的資源管理型ダイバーシティ
  4. 4.積極的資源管理型ダイバーシティ(優秀な人材採用)
  5. 5.ショーウィンドウ型ダイバーシティ(PR、ブランディング)
  6. 6.変革ツール型ダイバーシティ(イノベーション)

1~3が前述の受動的・消極的な取り組みに当てはまり、近年では企業の競争力を高めるために優秀な人材を採用しようとする4や、PRやブランディングの観点からダイバーシティ推進を行う5など、さまざまな取り組みが進んでいます。ただし、積極的だから評価できるわけでもありません。ダイバーシティを社会的な有用性を基準に価値づけてしまうと、組織や企業にとって「使える」マイノリティが包摂される一方で、「使えない」とされたマイノリティとの間の序列化や階層化が生み出されます。

イノベーションを起こすための6番目の「変革ツール型ダイバーシティ」を実現するためには何が必要なのでしょうか。その鍵は企業の「公共性」にあるのかもしれないとレクチャーを締めくくり、富士通の平野を交えたクロストークへと移りました。

企業は公的な存在なのか?

クロストークでは再び企業の「公共性」を巡る議論が交わされました。企業においては競争の観点から「有用性」が評価されてしまいがちだと語る参加者に対し、星加氏は「機能集団において有用性を基準にするとしても、長期的な視点に立った有用性を踏まえてダイバーシティを捉えることが求められます」と返答しました。

富士通 マーケティング戦略本部 ブランド・デザイン戦略統括部 部長 平野 隆

平野は、自身のマーケティング活動の領域を踏まえ「私はマーケティングの領域でデザインに関わっていますが、つくるものがプロダクトからサービスに広がって考え方が変わりました。こういうイベントをつくる時もそうですが、市場価値があることを示すのは難しい。しかしその価値を示していくことが必要と感じています」と語りました。

平野氏が語るように、企業がダイバーシティ推進を行う際に「市場価値」が求められてしまうのも事実。ただし、そればかりではすぐに行き詰まってしまう日が来てしまうでしょう。「ダイバーシティとは何か?」という根源的な問いから始まった講座は、こうして「企業は公的な存在になれるのか?」という大きな問いを投げかけて終了しました。

Day2.ダイバーシティと「市場」:炎上がチャンスに?

炎上を軸にみる、市場におけるダイバーシティの扱われ方

続くDay2は、東京大学大学院教授の清水晶子氏を講師に迎え、企業や行政のプロモーション施策が引き起こした広告やSNSの「炎上」を軸に、「市場」においてダイバーシティがどう扱われるべきかレクチャーが行われました。

近年、SNSのようなパブリックな場で、議論が紛糾し炎上に発展することも少なくありません。そこで清水氏は炎上を4つのタイプに分類し解説しました。

炎上のタイプ

  1. 1.炎上狙い露悪型
  2. 2.アート無罪型
  3. 3.脅迫押し売り型
  4. 4.ネガポジ利用型

大きく分けると、1と2はオブジェクティフィケーション(モノ化)によって女性を性的対象として消費したことが大きな反発を呼び、炎上を引き起こしたもの。3と4はプロモーションとして打ち出した「理想像」の設定が間違っていたために反発を呼んでしまったもの。例えば、とある化粧品のCMは、理想像を描く際に現在のあなたは望ましくない姿なのだという「見下した設定」を加えたことで、「不利益やハラスメントを被っても仕方がない」というメッセージを暗に発してしまい大きな問題となりました。

1~3のプロモーション施策は、一見して問題を抱えていると感じるものが多く、参加者から「どうしてこの企画が通ったのかわからない」という声が上がっていました。一方で、参加者の中でも大きく意見が割れたのが4のネガポジ利用型の施策です。

ネガポジ利用型炎上の例として清水氏が紹介した、宮崎県日向市のプロモーション動画

例として挙げられたのは宮崎県日向市のプロモーション動画。引きこもってばかりで太っていた男性が、サーフィンを始めたことで徐々に体が引き締まっていき最終的に海の似合う男になるまでをドキュメンタリータッチで描いたもので、一見何の問題もないように思えます。

東京大学大学院
総合文化研究科 超域文化研究専攻教授 清水晶子氏

しかし、清水氏は「実は特定の体型や特定の健康状態が、“幸福”と結びついていることを無条件に前提としていることに問題がある」と解説しました。

企業は市場でどう振る舞うべきなのか?

TechShop Japanの代表取締役である有坂庄一を交えて始まったクロストークでは、早速「ネガポジ利用型」のプロモーションに関する議論が熱く展開されました。

清水氏の解説を受けた上で、参加者から投げかけられたのは、「ダイエット支援サービスの広告もすべて問題があるのでは?」という疑問です。これに対し、清水氏は「ダイエット商品は対象を絞り最初から目的を明確にしていますが、日向市は特定の身体と幸福さの一体化を前提としているのが問題です」と語ります。

同種の問題は、障害者の描き方に関してもしばしば議論が行われてきました。星加氏は健常であることや何かを「できる」ことが善だとみなされる「エイブリズム」という概念を紹介。「健康な身体」を強調することが障害者を抑圧してきたという歴史を明らかにし、「パラリンピックに出場する選手によって障害者のイメージがポジティブなものになった一方で、特別な能力をもたない障害者に対する抑圧が生まれてしまったことも例の一つと言いえるでしょう」と述べました。

次に、トークは企業は炎上とどう向き合うべきなのかというテーマ、に移りました。有坂氏は「知識のレベルを底上げしないと議論の足並みが揃わないので、早々に問題を理解する必要がある。特に情報発信をする部署は気をつけなければならない。意志決定の権限をもつ企業の上層部に理解が欠けているのではないか」と述べました。

一方で、星加氏もこうした炎上を憂慮しつつ、実は炎上がダイバーシティ推進のチャンスになりえるとし、次のように述べました。

「私たちが目指すべきダイバーシティは、多様なものが何の摩擦もなく共存しているような状態ではありません。そこに生じるコンフリクトをお互いに受け止め、それに対処するための開かれた関係性を築くことです。そういう意味で、炎上はコミュニケーションの絶好のチャンスなのです」

(左端)TechShop Japan 代表取締役 有坂庄一

なぜ、企業はダイバーシティを推進するべきなのか

レクチャーやクロストークは、主にダイバーシティの「表現」をめぐる問題について議論が交わされましたが、質疑応答に入ると議論は再び根源的な問題へと立ち返りました。

この日の中で最も印象的だったのは、「日本においてダイバーシティを推進する目的は何なのか?」という問い。アメリカでは個人の権利が主張されるためにダイバーシティが推進されています。ヨーロッパでは多民族の共生が前提となっているため、他者と異なっていることは認められるべきものだという考え方が広く共有されています。そう考えた時、ムラ社会的な性格が強いと言われる日本で、ダイバーシティを推進する目的は一体何なのでしょうか?

清水氏はあくまでも個人的な意見だと前置きした上で、「みんなもっと今の社会のあり方を怖がった方がいい」と主張しました。

イベントの司会を務める「WIRED」日本版編集長 若林恵氏(左端)。モデレーターや参加者へ積極的に質問を投げかけた。

「今、あなたは健常者として暮らしているかもしれませんが、明日になったら突然事故に巻き込まれて動けなくなるかもしれないし、仕事を失って収入がなくなるかもしれない。そんな時に変わらず生きていけるでしょうか。残念ながら、今の日本社会はそのように設計されていません。だからこそ、誰もがどんな状態になっても生きていけるようにすべく、ダイバーシティは推進されるべきなのです」

Day1の議論でも言及されたように、しばしばダイバーシティはビジネスにおいてイノベーションを起こし利益を生むものとして語られます。しかし、果たしてそれだけでいいのでしょうか?ダイバーシティはなぜ推進されるべきなのか、という根源的な問いを参加者へと投げかけDay2も終了しました。

Day3.ダイバーシティと「組織」:公平性というジレンマ

最終日は,法政大学 教授の眞保智子氏を講師に迎え、まずは障害者雇用に関するレクチャーの後、雇用を軸に組織がどうダイバーシティをマネジメントしていくべきか活発な議論が交わされました。

法政大学 現代福祉学部教授 眞保智子氏

眞保氏のレクチャーが明らかにしたのは、障害者雇用という観点において、日本は想像以上に「先進国」だということ。ダイバーシティの議論では、しばしば日本は意識が足りていない国と考えられてしまいます。しかし、雇用という面では「特例子会社」という形で障害者雇用に特化した組織をつくっているほか、「割当制」により一定の割合に達するまで障害者の雇用を義務付けているなど様々な取り組みが進んでいます。「ヨーロッパの雇用における障害者認定は日本より対象が広く労働弱者も含まれ、日本のように厳格な判断をしている国は珍しい」と眞保氏は語ります。

さらに、「ビジネスを促進する上でも障害者雇用はもっと進められるべきもの」と眞保氏は続けます。法律で決められているから取り組むのではなく、障害者と企業がWIN-WINの関係を結ぶことも本来は可能なのです。一方で、特に中小企業において障害者雇用が進まない理由は「ベッカー型差別」にあるとして、シカゴ大学の経済学者ゲーリー・ベッカーの提唱を紹介。この差別は、利益を犠牲にしてでも自身の偏見を優先するもので、眞保氏によれば、中小企業経営者は高齢化しており、障害者と触れ合う機会が少なかった方も多く、情報不足からくる先入観もあると思います。その先入観が結果的に3か年で1人240万円の助成金やノウハウ提供など障害者雇用をすることで得られる利益も損なっていると言います。

日本の障害者雇用が直面している問題はほかにもあります。例えば、精神障害者の採用もその一つに数えられています。身体障害者の人々は身体に障害があってもフルタイムで働ける人が多いのに対し、精神の障害を抱えた方は短時間しか働けない場合もあります。今後、企業はますます多様な人々を受け入れる必要があるのです。

障害者雇用の「光」と「闇」

続いてクロストークに参加したのは富士通の宇多村志伸氏。自身もワーキングマザーとして長い間働いてきた宇多村氏が議論に参加することで、トークは障害者雇用に留まらず様々な論点へ広がっていきました。

富士通 マーケティング戦略本部 ブランド・デザイン戦略統括部
マネージャー 宇多村志伸

眞保氏のレクチャーは、日本では多くの企業が障害者の雇用に取り組み一定の成果を挙げてきたとし、日本のダイバーシティマネジメントの「光」に目を向けたものでした。

ただし、日本の雇用に問題がないわけではなく、例として飯野氏は女性の雇用に関する問題を挙げました。性的マイノリティにも働きやすい職場をつくろうという流れが出てきているが、長年にわたり取り組まれてきたはずの女性の労働環境はあまり変わっていない。こうした状況を考えると、性的マイノリティにとって働きやすい組織づくりという流れに対しても楽観的になれないという指摘に対して、眞保氏は障害者に関しては割当制の存在が大きいとし、女性の雇用に関する難しさに同調しました。

さらに障害者雇用が今後直面する問題として挙げられたのが、「バックラッシュ(反動)」が起こりうること。現在はまだ景気が悪化していないため深刻化していませんが、今後景気が悪化した場合「何で障害者だけがいい思いをするのか」という健常者からの批判が生まれることが想像されます。そこで星加氏はダイバーシティ促進のジレンマとして、「公平感というのは、『同じ存在なのに違う扱いになっている』という感覚に根ざしています。だとすると、『障害者も健常者も同じ存在だ』というメッセージが浸透すればするほど、『同じ存在であるはずなのに、なぜ障害者だけが優遇されるのか』といった不公平感が高まる可能性があります」と指摘しました。

続く質疑応答では入社1年目だという富士通社員の女性からこんな声も上がりました。「新入社員という弱い立場であっても、新人の話を聞こうという場が用意されていることで組織にかかわれる機会が増えたと感じます。こうしたエンパワーメントをどう進めていくかがダイバーシティ推進にとっても重要なのではないでしょうか」

一方で、飯野氏は非正規雇用の人々に対するエンパワーメントの困難を指摘しました。組織に継続的に参加することが前提となっていない場合、エンパワーメントにつながる機会が少ないという問題が挙げられます。

同種の問題は、組織のおけるコミュニティづくりにも言えるかもしれません。「ワーキングマザーの場合でも、組織に一人しかいないとどうしても断絶が生まれてしまいます。複数人いれば会話が生まれ、コミュニケーションが豊かになる。そんなコミュニティをつくれるかが課題です」と宇多村氏は語ります。飯野氏もコミュニティの重要性には同意しつつ、現在の職場は、多くの性的マイノリティにとってネットワークやつながりをもちにくい場であると指摘します。これからの企業にとっては、性的マイノリティに対するサポートをアピールするばかりでなく、社内に目を向けて構成員間のネットワークづくりをどう後押ししてゆくかが重要な課題となりそうです。

3日間にわたって開催した集中勉強会。連日顔を見合わせることで、参加者のコミットメントが徐々に強まってきていたのが印象的

活発に議論を交わすことで多様性に向き合っていく

3日間の講座を通じて参加者が痛感したのは、ダイバーシティ推進をめぐる問題は、一朝一夕で答えが出るものではないという事実でした。だからといって考えることを放棄するのではなく、真摯に問題と向き合おうとする参加者の姿がそこにはありました。

ダイバーシティ基礎講座の企画段階から携わっていた平野氏は次のように語ります。

「ダイバーシティについて議論をする場所が圧倒的に足りていないと感じています。だからこそ、誰もが参加し議論を交わすことができる、オープンな広場のような空間をつくれたらと思っています」

企業はダイバーシティにどう向き合うべきか。今や企業が自社だけでこうした問題に取り組む時代は終わりつつあります。ダイバーシティ基礎講座には様々な職種の人々が参加していましたが、今後ジャンルを超えて人々が集まり議論を交わす空間の必要性はより一層増していくはずです。ダイバーシティ基礎講座は、まさにその第一歩となる試みだったと言えるかもしれません。