世界はブロックチェーンとどう向き合うべきか? 先進都市、スイス・クリプトバレーの現状と未来

最高峰のブロックチェーン技術が集まる、人口3万人の街ツーク

世界の金融センターとして名高いスイスにある、人口3万人ほどの小さな街ツーク(zug)。かねてから独自の税金優遇政策で注目を浴びていた同地に今、暗号通貨・ブロックチェーン関連企業が世界中から集まっています。その中には暗号通貨Ethereum(イーサリアム)や暗号通貨の送金システムを提供するMonetas(マネタス)などの有名企業も名を連ね、いつしか同地は、世界のスタートアップ企業が集まるサンフランシスコのシリコンバレーとかけて、「Crypto Valley(クリプトバレー)」と呼ばれています。

法律家であり、ルツェルン大学の教授でもあるアンドレアス・フーラー氏は、スイスにおけるフィンテック及びブロックチェーン関連の法的環境の整備や、エコシステムをつくるために尽力をしている人物。彼が所属している法律事務所MMEはイーサリアムによるICOを取り仕切ったことでも知られています。

*ICO(Initial Coin Offering)...企業が独自通貨を発行し、出資者を募り資金調達をすること

来日中のフーラー氏と、書籍『ブロックチェーンの衝撃(日経BP社)』の監修者であるフライシュマンヒラード・ジャパンの馬渕邦美氏、富士通研究所でブロックチェーン技術の研究開発に携わる津田宏に、クリプトバレーの現在とブロックチェーンの未来についてインタビューしました。

クリプトバレーでは今、何が起きているのか

ーーークリプトバレーについての資料を拝見しました。ビットコインのATMが街中に設置されているなど、すでに街全体にビットコインが普及する基礎があるのですね。

ルツェルン大学 教授、法学博士、弁護士
アンドレアス・フーラー氏

フーラー:そうなんです。まずはそれらの取り組みをツークで開始しました。まだ取引はそこまで多くありませんが、そのおかげもあって住民はビットコインを好意的に受け入れることができ、良いスタートを切ることができました。コミュニティーから承認を得ることができたのです。

私たちはブロックチェーン業界のパイオニアだと自負しています。未来ある企業家のために、自分たちの知恵を共有し、環境を整え、オープンなコミュニティーを築いていく。そしてそれは言葉だけでなく、目に見え、手で触れられ、実際に行くことができなくてはなりません。企業家たちが集まり、お互いが問題を解決し合える場所。それこそがクリプトバレーの基本理念です。

ーーーブロックチェーンに対して、政府はどのように取り組んでいますか?

フーラー:政府や自治体はコミュニティーに対して、非常に近い関係性で支援をしています。ツークは低い税率で有名ですが、それだけではありません。ブロックチェーンによる取引に対してどのように税金を取り扱うか、長期にわたり柔軟に政府と議論がされています。ただその根底としてあるのは、ブロックチェーン取引にV.I.P.は存在しないということです。私たちはブロックチェーン取引が適切に公平に行われるように、法的な整備を行おうとしています。また、ICOについても政府はオープンなマインドで捉えています。

フライシュマンヒラード・ジャパン
シニアバイスプレジデント 馬渕 邦美 氏
書籍『ブロックチェーンの衝撃(日経BP社)』監修者

馬渕:世界の銀行と称されるスイスには元来から国家レベルで金融市場を盛り上げ、マーケットのプレイヤーを保護していく文化があります。そしてそれは暗号通貨及びブロックチェーンにおいても同様です。

特にクリプトバレーでは独自の税率と法律を設定し、Fintech関連企業を後押ししていますよね。規制の対象となりやすいICOにおいても、その独自の法制による支援もあってか、テゾス社による2.3億ドルの調達をはじめとして、数々のビッグディールが生まれています。

As of July 2017, based on Autonomous Research LLP, 2017より

大企業とスタートアップが共存するオープンなエコシステム

ーーークリプトバレーには今、多くの企業が集まっていますね。

フーラー:多くの企業がブロックチェーンの技術に興味を持っています。銀行が出資してブロックチェーン関連企業を立ち上げたり、一方でスタートアップ企業がそれに挑戦したりもしています。しかし、私たちの考えは、大企業とスタートアップは直接連絡を取ることもできるし、お互いに学ぶこともできる。つまり、どの規模の企業も等しく同じ共同体に属しているというものです。

ーーー日本では銀行によるブロックチェーン関連スタートアップへの投資の事例もありますが、どのように感じられていますか。

フーラー:それこそが私の抱いている今後の展望です。ブロックチェーンは、銀行や保険、物流などの既存の大企業によるビジネスモデルへの挑戦でもあります。この挑戦はスタートアップ企業にとって難しいものになるでしょう。しかし、彼らにはアイデアと将来性があります。大企業とスタートアップ企業が対立した場合、2つの道があります。それは大企業がスタートアップと手を取り合うのか、もしくは潰そうとするのか。どちらにしろ、大企業も新しい金融やその他の産業のモデルを考えていかなければなりません。それをどのように行うのか、私自身も興味がありますね。

馬渕:スイスでは、政府と大企業とスタートアップがオープンに共存するエコシステムを目指しています。ブロックチェーン技術の応用領域の中でも、特に金融の領域においては世界の中でも先進的な存在であると言えそうです。

「IFZ FinTech Study 2017」より。フィンテックのハブとなる都市のランキング。スイスの都市が2位と3位にランクインしている。

富士通研究所
データIoTセキュリティPJ
プロジェクトディレクター 津田 宏

津田:富士通ではベンチャー向けプログラムやピッチコンテストの開催など、スタートアップ企業との共創にも積極的に取り組んでいます。千葉市、千葉銀行と行ったスタンプラリーの実証実験もその一つで、参加者の行動データの収集、分析においてブロックチェーンの高い透明性と信頼性を実証しました。

ブロックチェーンは私たちに何をもたらすのか

ーーー今後、特にどの産業でビジネスモデルの変革は起こるとお考えですか?

フーラー:仲介業において、それは顕著に現れるでしょう。なぜならブロックチェーンの本質とは仲介する存在だからです。銀行の様々な業務は、信用を元に成立しています。2者の取引の間に銀行が入ることにより、信用をもたらしているのです。しかしブロックチェーンもまた、2者間の取引の間に入り信用をもたらすことができます。ブロックチェーンが仲介することで、仲介業の重要性は弱まり、プレイヤー同士の直接的な取り引きが可能になります。これから数年で、銀行や保険、物流、様々な業界で変革が起こるはずです。

ーーークリプトバレーの未来は明るいと思いますか?

フーラー:良い未来が待っていることを願っています。世界的に見れば、まだブロックチェーン関連のプレイヤーはそこまで多いとは言えません。私たちは今、その最前線において、リベラルに、そしてオープンなマインドで、すべてのブロックチェーン関連のプレイヤーをサポートしていきたいと思っています。

私自身、法律家として法的な面でブロックチェーンについて疑問を感じることもありますし、それが今後ブロックチェーンの普及において障害になると考えています。ブロックチェーンがもたらす、これから20年先の未来のために、私たちは今、多くの議論をする必要があるのです。

馬渕:今、世界各地のイノベーションの現場では、企業が新たなテクノロジーやマーケットを開発した後に、国家がルールを制定するという順序が慣例となっています。テクノロジーカンパニーが世界をリードするようになった昨今、企業の立ち振る舞いが大きく左右してきますね。

津田:富士通は、富士通研究所も含め3年ほど前からブロックチェーン技術に取り組んでいます。また、Hyperledger(注2)の発足当初からプレミアムメンバーとしても活躍しています。ブロックチェーンは、国や業界をまたがった新しいビジネス共創の基盤になると考えています。

富士通のブロックチェーンの特徴。金融のみならず様々な応用領域で実証実験を行っている。

フーラー:富士通のような日本のリーディングカンパニーがHyperledgerのようなオープンなブロックチェーンプロジェクトに取り組み、ブロックチェーンとリアルなビジネスの現場を繋いでいくことには、非常に意味があると思います。仮想通貨だけでなく、クロスボーダー取引、未公開株の管理、IoTトランザクションなど、すでに多くのサービスや事例を提供されていますね。これは非常に素晴らしいことです。

日本は、素晴らしい技術力を持っているにも関わらず、それが上手く世界に発信できていないことも多いので、もったいなく感じています。今後、日本の企業がさらに世界で活躍することを期待しています。クリプトバレーでは誰もがブロックチェーンを広めたいと考えています。ぜひ、日本の企業にもクリプトバレーに参加いただきたいですね。

左から津田宏、アンドレアス・フーラー氏、馬渕邦美氏。富士通本社にて。

(注1)Hyperledger(ハイパーレッジャー):ブロックチェーンのプラットフォーム開発を推進するオープンソースコミュニティ。同コミュニティ内で複数の開発プロジェクトが進行する。