AIがお医者さんに医療診断をアドバイス、これからの医療はAIでどう変わる?

2016年夏、東京大医科学研究所において画期的な診療が行われました。専門医でも診断が難しいとされる60代の女性患者の特殊な白血病を、約2000万件の医学論文を学習した人工知能(AI)が10分ほどで見抜き、担当医に適切な治療法をアドバイスして女性の命を救ったのです。AIの医療分野での具体的な貢献はまだ多くはないことから、多くのメディアが取り上げました。

AIは自ら学んで専門医の知識を身につける

上記の報告に代表されるように、医療現場においてさまざまな課題を解決するための有力なツールとしてAIが使われ始めています。なぜAIなのでしょうか。最大の理由は、人間よりAIの方が、より早く、より正確に、診断に結びつく発見や判断ができる環境が整ってきたことです。生命科学の研究を進める上で、人間の認知能力の限界が足かせになりつつあるとの指摘もあり、「AIが得意なところはAIに任せることで、医療現場のさまざまな課題を解決する」というアプローチが具体化しているのです。

AIの特徴は大きく二つあります。

第一は膨大な情報を瞬時に取り扱えることです。人間は大量の情報を瞬時に処理することはできませんし、処理を続けていると疲労し、精度が落ちます。2000万件の医学論文を読破したとしても、その中からどの情報でも瞬時に思い起こせるわけではありません。

第二は学習することで精度を高めていくことができることです。これはディープラーニングの登場で一気に進みました。ディープラーニングは沢山のデータを解析することによって、そのデータのどこに注目すれば答えを見つけられるのかを自分自身で学習します。このため、人間が適切な指示を与えなくても、たくさんのデータを学習すれば自らどんどん賢くなっていくという特徴があります。

つまりAIは、休むことなく大量の情報処理を続けることができ、処理するデータが増やせば精度が高まるロボットのようなものと言えます。適切なデータを用意すれば、自ら学習して専門医に匹敵する専門性を身につけます。

もちろんAIは万能ではありません。トップレベルのプロ囲碁棋士を打ち負かして有名になったAlphaGoにしても、囲碁において最適な次の一手を打つだけのシステムに過ぎず、他に何かできるわけではありません。それでも、囲碁で相手に勝つ次の一手を考える際には強力なツールとなります。同様に、医療でもAIに特定の役割を与えると、お医者さんの強い味方となって診療をサポートしてくれるでしょう。

画像診断、大量の情報処理は大得意

それではAIはどんな医療現場で活用されているのでしょうか。それは、今の医療現場で課題となっていることを解決する場面です。いくつか見ていきましょう。

画像診断における読影技術

CT(Computed Tomography:コンピュータ断層撮影)画像の読影は専門的なスキルが求められますが、その読影を担う放射線科医の数は決して多くありません。このため、一部の専門医に負荷が集中する傾向にあります。これは病理画像の読影を担う病理医についても同じことがいえます。画像診断は治療を始める際の重要な第一歩なので見落としは許されませんが、専門医の環境は負荷の集中によって過酷になっており、その中で判断の難しい症例と向き合っているといえます。また、専門医の不在という問題を抱える医療機関も少なくありません。このような事情から、放射線画像や病理画像を読影し、専門医でも見逃すような小さな病変を検出したり、疑わしい疾病候補名を提示したりするAI画像診断支援システムが求められています。

こうした課題を解決するべく、富士通研究所と富士通研究開発中心有限公司は広島大学の協力を得て、検査の際に過去に撮影されたCT画像のデータベースの中から、異常陰影の立体的な広がり方が類似する症例を検索する技術を開発しました。医師が類似性を判断する際に、医師と同様な見方ができるように各領域内の異常陰影を認識することで、立体的な広がり方が似たCT画像を高精度に検索する技術です。

広島大学大学院医歯薬保健学研究科放射線診断学研究室の粟井和夫教授との共同研究について、実データを用いて本技術を評価した結果、医師があらかじめ定めた正解が検索結果の上位5件に含まれる割合について、本技術では85%の正解率で検索できました。これにより、医師の診療業務の効率化が期待でき、医師が判断に時間がかかっていた症例に対し、医師が症例を判断する診断時間の短縮が期待できます。

精神疾患の予測診療

精神疾患診療では、過去の患者のカルテを役立てるのが簡単ではないという課題があります。カルテの記載内容が自由記述形式になっていることが多く、その分量も多く、表現方法や分析が医師によって異なることがあるからです。同じ症状の患者でも、カルテの記述内容が異なっていることもあり、膨大なカルテ情報を診察に活用できないという状況が少なくありません。

この課題の解決にAIを活用して取り組んだのがスペインのサン・カルロス医療研究所です。精神病は早期に適切な対処や治療を行わないと、慢性疾患や死にいたる場合もあり、医師には患者の健康リスクを正しく理解した上での適切な診療と迅速な意思決定が求められます。そのためには単に診察履歴だけではなく、様々な情報から患者の症状を考慮する必要がありますが、これまでは、異なるフォーマットで記載された様々な紙ベースの資料を医師が調べる必要があり、診断のために必要な患者の記録を選別するだけで何時間もかかってしまうという課題がありました。

そこでサン・カルロス医療研究所では、欧州富士通研究所(Fujitsu Laboratories of Europe)、富士通スペインと共同で、精神病患者の診断時の医師の迅速な意思決定を支援するAIシステム「Advanced Clinical Research Information System」を開発し、6カ月間の実証実験を実施しました。この結果、患者一人あたりの診断時間を半減することに成功しました。また、精神病の専門医として20年近い実績を持つサン・カルロス医療研究所のベテラン医師5名が実証実験の結果を評価したところ、85%以上の精度で自殺・アルコール依存・薬物依存などのリスク算出に成功していることがわかりました。

過疎・僻地の総合臨床支援

過疎や僻地では慢性的な医師不足に悩まされています。一人の医師がさまざま疾患と向き合う必要があるほか、過疎や僻地には複数の疾患を煩っているお年寄りの患者が多いこともあり、いくつもの症状から疾患を見つけ出す能力が求められます。本来なら総合診療のトレーニングを受けていた総合診療医を配備できればいいのですが、ただでさえ総合診療医の数は少なく、多くの医師が厳しい環境の中で総合臨床に臨まなければならない状況にあります。

この課題を解決するためのAI活用も始まっています。例えば、自治医科大学が複数の企業と共同で開発に取り組んでいる総合診療支援システム「ホワイト・ジャック」がそれです。このシステムは、疑われる疾患の病名を罹患率と共に表示して診断し、推奨される検査や処方を電子カルテ上に表示して医師の診療を支援します。診察中に医師が身体所見や検査結果を入力すると、改めて解析を実行して、より精度の高い病名を提示してくれます。完成すれば、経験の浅い若手医師だけでなく、過疎や僻地で奮闘している多くの医師の心強い味方になってくれることでしょう。

AIは診断行為を身近にし、ヘルスケア領域を拡大する

AIによる診断支援が普及したとき、未来の医療はどう変わるのでしょうか。そのことを考える上で注目したい米スタンフォード大学の研究グループの成果をご紹介しましょう。研究グループはディープラーニングを使うことで、画像診断による皮膚がんの判定を皮膚科医並みの精度で実現しました。この仕組みをスマートフォンに搭載すれば、スマートフォンアプリで専門医並みの皮膚がん診断ができることになります。

もちろん実用化には多くのテストを繰り返し、専門家のチェックを受ける必要があると思いますが、スマートフォンはカメラをはじめとするさまざまなセンサーが備わっており、AIの実行環境もあります。個々のスマホで撮影したデータをクラウドに格納し、その格納されたデータで学習を続ければ、さらに精度は高まることでしょう。

AI診断の進化は、医師の負担軽減、診断精度の向上、患者のストレス解消といった、医療現場の改善だけでなく、日常生活の中での疾病の早期発見というヘルスケア領域の改革をもたらし、ユーザー自身の新たな健康活動の支援につながっていきそうです。