失敗を恐れない勇者にこそ、イノベーションの女神は微笑む(後編)

【未来を創るチカラVol.6】2017年京都賞受賞決定!「HEMT」発明者・三村髙志

電波望遠鏡というニッチなマーケットが切り拓いた製品化への道。

インタビュー前編からの続き)
1979年12月にHEMTの発明を発表すると、世界中のメディアがセンセーショナルに取り上げ、三村は一躍時の人に。しかし、その後の製品化には高いハードルが待ち受けていました。HEMTを必要とするマーケットがなかなか見つからないのです。

「MBEのような特殊な装置で作るHEMTは生産コストが極めて高く、社内でも、こんな高級なデバイスがビジネスになるはずがないという見方がありました。しかし、動作が非常に安定していて超微弱な電波をキャッチできるという他にはない強みを活かせば必ず製品化できるはずだと粘り強く可能性を探っていったんです。すると、衛星通信分野なら需要があるのではないか、ということになりました。早速アンプを試作し、その観測データをアメリカの学会で発表すると、長野県野辺山にある宇宙電波観測所から電波望遠鏡の増幅器を作って欲しいという注文が舞い込んだんです。これが記念すべきHEMT製品化第一号となりました」

HEMTを埋め込んだICチップの通信スピードを測定する当時の三村と冷水。

1985年に設置されたこの電波望遠鏡は、翌年には未知の星間物質を発見するという快挙を成し遂げ、これを機に世界中の電波天文台から注文が殺到。量産化に向けて舵を切りました。

「電波望遠鏡は非常にニッチなマーケットですが、とにかく市場へ送り出し、使ってもらうことに意味があると考えました。ユーザーからのフィードバックを受けて改良を繰り返すことで、生産コストが下がり、使い勝手もよくなって、マーケットが広がっていく。そのサイクルを回すことが重要なんです」

「HEMTがベルリンの壁を壊した」と評されるほど影響力のあるデバイスに。

三村氏が社長にプレゼンしたというHEMTの未来予想図。「ずいぶん大風呂敷を広げましたが、自信は全くなかったですね(笑)」

その後、HEMTは電波望遠鏡から衛星放送のパラボラアンテナへと応用され、アンテナの小型化を実現。衛星放送が世界的に普及するきっかけになりました。

「衛星放送によってもたらされる情報により東欧諸国の自由化が進んだことで『HEMTがベルリンの壁を壊した』と評されることもありました。研究当時はここまでメジャーなデバイスになるとは想像もしていなかったので、驚きましたね。やっていて面白いから研究を続けられたわけで、ビジネスとしての成功や会社の売り上げなどは正直わからなかったですし、自信もありませんでした(笑)。しかし、開発者の純粋な興味やワクワク感というのもイノベーションには欠かせない要素ではないかと思うんです」

家庭用の衛星放送パラボラアンテナ。下部の受信機にHEMTのICチップが組み込まれている。

京都賞受賞が、若手研究者の励みになれば嬉しい。

富士通研究所の研究者と談話する三村。若手にとって三村は「レジェンド的存在です」

世界を変えた革新的デバイスの発明者として数々の名誉にも輝いている三村。1998年には紫綬褒章を授与され、今年は公益財団法人稲盛財団が創設した日本発の国際賞「京都賞」の受賞が決定しました。

「受賞は大変光栄ですが、すごいことを成し遂げたんだという実感はないんです。私がこうした賞を受賞することで、研究開発の最前線で活躍する多くの研究者の励ましになれば嬉しいですね」

HEMTの発展期はこれから。高速通信の限界に挑みたい。

現在は情報通信研究機構(NICT)の統括特別研究員として新たな高速デバイスの共同研究に取り組んでいる三村。「高速通信の限界に挑みたい」と、インジウムリン(InP)という新たな材料を使い、HEMTのさらなる高速性を追求しています。

「HEMTは今、非常に面白い時期に来ています。高速化が進み、従来に比べてマーケットも飛躍的に広がった。今後HEMTを利用した新しいアプリケーションも続々と登場するでしょう。『GaN-HEMT』(ガンヘムト:窒化ガリウム高電子移動度トランジスタ)を用いた世界最小・最高効率のACアダプタなど、若手の研究開発にも注目しています。半導体内にいろいろな仕掛けを施すことで電子を思いのままに操り、役立つ機能を引き出せるのが半導体の面白さ。まだまだ興味は尽きないですね」

HEMTを埋め込んだICチップ(展示)。様々な製品に応用されている。

チームワークの鍵は、明確な目標とフレキシビリティ。

次世代へと研究開発が受け継がれ、今もなお進化し続けているHEMT。三村がこのイノベーションを実現することができた要因はどこにあるのでしょうか。開発ストーリーを改めて振り返ってみると、2つのキーワードが浮かんできます。一つは「フレキシビリティ」です。

「研究経験の豊かなベテラン研究者と若手技術者を核にして、自由に研究を進めることができる少数精鋭のチーム編成が、イノベーションには適していると思います。できないことに固執せず、気持ちを素早く切り替えて、別のアイデアを試していけるからです。
そして、どんなプロジェクトでも目標は明確であることが重要です。目標さえ見失わなければ、そこにたどり着くまでの方法は状況に合わせてどんどん変えていっていい。それくらいのフレキシビリティがなければ、世界のライバルたちに先を越されてしまうでしょう。私たちも『HEMT一番乗りを目指そう』『ニッチなマーケットでもいいからとにかく市場に送り出そう』という明確な目標があったからこそ、成功したんだと思います」

失敗は"負の財産"ではなく"正の財産"。

そして、2つ目のキーワードは、「失敗を恐れない勇気」。HEMTの開発もMOSFETの研究での失敗から始まりました。

「私が強調したいのは、失敗経験は負(マイナス)の財産ではなく、正(プラス)の財産である、ということです。失敗によってのみ研ぎ澄まされる"感受性"というものがあり、それまで気づかなかったような様々なヒントを得ることができる。そうしたヒントを自分の中に蓄積していけば、いつかクリエイティブな発想に結びつくこともあるかもしれない。そう考えれば失敗は決してマイナスではないと思えるでしょう。
知人のイギリス人にこのような話をしたら、『失敗を恐れない勇者にこそ、栄光の女神は微笑む』という諺を教えてくれました。これから何かイノベーションを起こしたいと考えている人たちには、こうエールを送りたいです。
『失敗を恐れない勇者にこそ、イノベーションの女神は微笑む』。
失敗とは"人と違う経験をすること"なのだとポジティブに捉えて、ぜひ未知の領域へと果敢にチャレンジしてもらいたいですね」

富士通研究所
名誉フェロー
三村髙志
1944年 大阪府生まれ。
1970年 富士通(株)入社。トランジスタと初めて出会う。
1975年 富士通研究所へ転籍。HEMTの発明や量産化技術の研究開発を行う。

「これまでの私の研究遍歴は偶然性に支配され、紆余曲折の連続であったように思う。しかし、偶然性が驚きや感動を生み、これらがモチベーションとなって平凡な技術者に過ぎない私でも、これまでに存在しなかったものを作りだせたのではないかと思う」
現在は、情報通信研究機構との共同研究に参画し、HEMTの極限性能を追究中。