失敗を恐れない勇者にこそ、イノベーションの女神は微笑む(前編)

【未来を創るチカラVol.6】2017年京都賞受賞決定!「HEMT」発明者・三村髙志

ICT社会の基盤を支える、超高速トランジスタ「HEMT(ヘムト)」。

「HEMT」(高電子移動度トランジスタ)という言葉を聞いたことがありますか?

携帯電話、カーナビ、自動車レーダー、衛星放送用のパラボラアンテナなど、現代のICT社会に欠かすことのできない超高速トランジスタ(半導体部品)で、1979年に富士通研究所の三村髙志(現:名誉フェロー)が世界に先駆けて発明(特許取得)しました。

先日、"ノーベル賞の登竜門"とも呼ばれる第33回京都賞の受賞が決定し、この「HEMT」が今、熱い注目を集めています。

そこで今回は、約40年前に富士通から誕生した歴史的イノベーション「HEMT」にフォーカス。開発の舞台裏やイノベーションのヒントを開発者の三村に聞きました。

電子とドナーを分離する二層構造で、かつてない高速化を実現。

図解を用いてHEMTの仕組みを説明する三村。難解な専門用語も分かりやすく教えてくれた。

「半導体というのはある条件のもとに電気を通す物質で、材料となる素子やその組み合わせ方によって、様々な働きをします。私が開発したHEMTというのは、電流を増幅させる"トランジスタ"の一つです。従来のトランジスタは、電子が走る道路上に障害物(ドナー:不純物原子)か"必要悪"として存在していたため、どうしても動作が遅くなってしまうという課題がありました。しかし、HEMTは電子とドナーを空間的に分離する2層構造にして、例えるなら"電子専用の高速道路"を作ることで、電子が障害物に邪魔されることなく高速に移動できるため、微弱かつ高い周波数信号を増幅することが可能になりました」

世界中の研究者を驚かせた"コロンブスの卵"的発想。

論文に掲載する実験データを記したノート。全て手書きで丁寧に記録されている。

このHEMTの動作原理は「半導体の知識を持っている人ならば誰でも知っている基礎的な知識で、極めて簡単なもの」。"コロンブスの卵"ともいうべき発想に、当時世界中の研究者が衝撃を受けました。

「どうして私だけがHEMTのアイデアにたどり着けたのかというと、当時誰も成功していなかった、ガリウム砒素を用いたGaAs MOSFET(以下MOSFET)の研究(※)に挑戦した経験があったからだと思います。結果的に研究は失敗に終わりましたが、この失敗がHEMT誕生のきっかけになったんです」

※GaAs MOSFETの研究
シリコンの基板上に二酸化ケイ素の薄膜を形成したトランジスタ「MOSFET」をシリコンよりも高速で高性能な動作が期待できるガリウム砒素で実現しようという試み。

失敗によって情報への感受性が高まり、開発のヒントを見つけられた。

失敗からイノベーションが生まれる、とは一体どういうことなのでしょうか。

「MOSFETの研究には2年間取り組みましたが、どうしても電子を蓄積することができず、実用化の目処はつきませんでした。もうアイデアは出尽くしたと感じ、研究を断念しようと思った時にHEMT構造のヒントとなる『変調ドープ超格子構造』(※)というテクノロジーを知り、大きなインパクトを受けました。
これは私にとっては異分野のテクノロジーでしたが、MOSFETの研究をやったことで "電子の蓄積"について常に考えていたため、それに関連する情報をキャッチするアンテナが非常にセンシティブになっていた。だから、このテクノロジーに出会うことができたのではないかと思います」

HEMTのアイデアが生まれたのは、変調ドープ超格子構造と出会ってから間もなくのこと。1979年6月、研究者との雑談中に突如思い浮かんだと言います。
「学会でMOSFETのこれまでの成果をまとめた論文を発表すると、『もう思い残すことはない。次へ進もう』と、心がすっきりしました。そんな心の空いたスペースに、ふとHEMTのアイデアが入り込んできたような感覚です。アイデアというのは切羽詰まって出るものではなく、心が自由になったときに浮かんでくるものなのではないか...そんな気がします」

※変調ドープ超格子構造
GaAs(ガリウム砒素)とAlGaAs(アルミニウムガリウム砒素)を交互に何十層も積み重ね、平行に電子を走らせると、ノンドープのガリウム砒素層に電子が蓄積することが判明。アメリカのベル研究所が1979年に論文を発表した。

社内の有志と数人ではじめた"もぐり"の研究開発。

開発チームのメンバーと打ち合わせする際もメモは詳細にとった。日付も忘れずに書き記している。

そこから数週間でHEMTのアイデアを明確な概念図に仕上げた三村は、社内の研究者に声をかけ、開発チームを結成。HEMTは社内の正式な研究テーマではなかったため、研究を続けるには協力してくれる有志が必要でした。

「HEMTの開発には、GaAs(ガリウム砒素)とAlGaAs(アルミニウムガリウム砒素)の接合部分をシャープにする、MBEという高度な結晶装置が欠かせません。うちの部署にはなかったため、他部門のMBEグループに協力を求めたところ、冷水研究員を始め2人の研究者が面白そうだと興味を持ってくれて、計4人のHEMT開発チームが生まれました。非公式の研究で予算もなく、研究に割ける時間も限られてはいましたが、チームの士気はとても高かったですね」

わずか4か月で試作成功。危機感がモチベーションに繋がった。

MBE(結晶成長装置)を使ってHEMTを試作する開発チームメンバーの写真。手前から、三村、冷水、石川。

そして、開発チームを結成してわずか4か月という異例の速さでHEMTの試作に成功し、実用化の目処を立てることができた三村。ここまでスピーディーに開発を進められた背景には、チームメンバーの"危機感"があったと言います。

「当時、MBEのような高度な結晶装置に見合うデバイスがなく、コストの面からも本当に役に立つのかという議論が社内でも業界内でも巻き起こっていました。そのため、冷水さんらは相当な危機感を抱いていたんです。私自身もMOSFETの研究を断念した後でしたので、HEMTは何としても成功させたいという思いが強かったですし、世界には今まさに我々と同じようなことをやろうとしている研究者がいることを知り、ライバルに先を越されてはいけないと焦る気持ちもありました。"HEMT一番乗りを目指そう"という思いがモチベーションに繋がり、スピード感を持って研究を進めることができたんだと思います。初めて実験データが得られた時は、みんなで喜びを分かち合いましたね。『協力してくれたメンバーにこれで恩返しができる』と、ほっとしたのを覚えています」

HEMTの開発に成功し、次に目指すのは製品化。インタビュー後編では、HEMT製品化への道のりや、今後の展望、次世代へのエールを語ります。

富士通研究所
名誉フェロー
三村髙志
1944年 大阪府生まれ。
1970年 富士通(株)入社。トランジスタと初めて出会う。
1975年 富士通研究所へ転籍。HEMTの発明や量産化技術の研究開発を行う。

「これまでの私の研究遍歴は偶然性に支配され、紆余曲折の連続であったように思う。しかし、偶然性が驚きや感動を生み、これらがモチベーションとなって平凡な技術者に過ぎない私でも、これまでに存在しなかったものを作りだせたのではないかと思う」
現在は、情報通信研究機構との共同研究に参画し、HEMTの極限性能を追究中。