このページの本文へ移動

富士通

サイト内検索
サイト内検索 閉じる

AI時代を生き抜くスキル

【知創の杜】ラーニングスタイル②

富士通総研が発行している情報誌「知創の杜」の中から旬なテーマをお届けしています。第9回のテーマは「AI時代を生き抜くスキル」です。

AI時代はAIとともに生きる時代であり、AIを恐れたりひれ伏したりする時代ではありません。それを忘れず、人として生き抜くスキルを磨くことこそ肝要です。では、それはいったいどんなものでしょうか?筆者なりの視点から論じてみます。

執筆者プロフィール
平野 篤(ひらの あつし)
株式会社富士通総研 デジタルサービス開発室長
2001年 富士通コンサルティング事業本部入社。2007年より富士通総研。流通・サービス業向け事業戦略・業務改革コンサルティングを経て、安心安全、環境、海外ビジネスなどの新領域開拓や多くの国家プロジェクト等に従事し、現職に至る。

人はコンピュータに置き換えられるか

小学校でのプログラミング教育必修化が、2020年からの次期学習指導要領に盛り込まれる見込みです。その目的を文部科学省は、「将来どのような職業に就くとしても、時代を超えて普遍的に求められる力としての『プログラミング的思考』などを育むこと(注1)」としています。

少々わかりにくいので、教育識者でもあるDeNA創業者の南場智子氏の説明(注2)を以下引用します。「AIの進展で将来、労働人口の49%がAIやロボットに置き換えられる、つまり今ある職業の半分がなくなる、と言われている。そうした中、コンピュータに"使われない"ために人は早くからコンピュータに命令できる(コマンドを打てる)ようになっておくべきで、その手段がプログラミング教育。要は国が子供を皆プログラマーにしたいわけではなく、コンピュータに負けない力を養うのが目的」と。

2016年の3月には、googleが開発した「AlphaGo」が囲碁の世界チャンピオンである韓国のイ・セドル棋士に勝利し(5番勝負で4勝)、世界に衝撃を与えました。また、将棋では故米長名人が将棋ソフト「ボンクラーズ」と対戦し、惜しくも敗れたのも記憶に新しい(注3)。碁や将棋でコンピュータが勝つ。シンギュラリティの議論が盛んですが、いずれコンピュータの知は、人のそれを軽々と超えていくようにも思われます。

そのように、コンピュータとの新たな関係が求められる今の時代。そこに必要なスキル、特に次世代を担う若者や子供に求められるスキルとは何でしょうか?

人が育むべきスキルとは

「タイピストの仕事はワープロに置き換わり、銀行窓口業務はATMに代わった。今後はより創造性を生かしたり、社会性が求められたりする仕事が残る」「重要なのはAIを脅威とするのではなく、どう利用・協調するかの視点だ」オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授によるこの指摘(注4)は、現在の多くの識者の声を代表するものでしょう。面倒なことや容易な思考はAIに任せて、人はAIが不得意な(はずの)創造力を発揮することに注力すべきという見方、言うなれば役割分担論です。

では、コンピュータではない人「ならでは」の創造力とは、いったいどういうものでしょうか?筆者なりにその創造力なるものを要素分解し、キーワードとして提示してみますそれは、発想、感性、他者との関わり、です。

発想

ここでいう発想は、簡単に言えば、「これまでと違ったことを思いつく」です。

AIは賢いですが、データがなければ学習できません。データがあるものについては、例えば将棋や碁で何千万件という棋譜をインプットして学習させれば、人間には経験し得ない千万通りの経験を一瞬でしてしまい、あっと言う間に賢くなる古い棋譜を地道に研究し力を磨く人を、瞬時に追い抜いてしまいます。そのうえコンピュータは間違いをしないので、とても強いと言えます。

しかし、これまで誰も見たことがない発想の手筋で来られると、混乱をきたします。故米長名人の戦い方がそうでした。名人は惜しくも敗れはしましたが、それは将棋という、一定のルールに基づくごく狭い意味空間に閉じた二次元世界での判断や行動(差し手)の話である。

現実の生活やビジネスのように、様々なコンテクストが立体的に複雑多様に混ざり合った場面での判断や行動(差し手)について、定形的・固定的なものならば、いずれ学習されてしまうでしょうが、今までにない新たな発想(および、それを組み合わせた差し手)が示されたとき、それを凌駕する(勝つ)ことはなかなか困難です。それこそ人間に求められ続ける領域だと考えます。常に新たな発想で取り組む人、少し踏み込んで言えば、突然変異的な、異端な発想やものの見方ができるスキルが重要になります。すなわち、「このインプットでそんな発想は普通生まれないよ」と言わせるスキル。それが人の技です。

したがって、データがない未知の領域に積極的に関わり、発想を鍛えることが大事です。育てたいのは、未知との遭遇に際して対処できる、さらには未知のものを作り出せるほどの発想力です。なにも大げさな発明やイノベーションでなくともよい。学校で、職場で、生活の中で、常に発想に努めることが、創造力を養うことにつながります。

感性

AIに感情を持たせる研究が、とうに始まっているのは周知のことです。例えば、ソフトバンクが開発するAIのPepper(ペッパー)(注5)は、人見知りで不安になったり、嬉しいことをされて好きになったりと「感情」を表します。ソフトバンクは、Pepperが感情を持っている、と表現していますが、独自の「感情機能」とも表現しており、あくまでプログラムに沿ったfunctionとして感情をアウトプットしているもの。人間が持っているようなレベルの「ものごとに感じる能力」、すなわち感性(注6)を持っているわけではありません。一方、創造力には豊かな感性が欠かせない、と筆者は考えます。

例えば、その時々の「気分」に応じて絵画を創作する「ペインティングフール」の開発が進んでいます。あたかも人が感性を込めたような美しい絵を描く。たまに「駄作」もあるのが人間っぽいところです。こうした事例をもってAIは創造力を持ち始めた、とも言われています。しかし今のままでは、ピカソのような新たな領域を作り出すことはできません。ピカソの絵画が素晴らしいのは、写実的技法に長けているからではなく、キュビスムという独創的な様式を表現しているからだと言います。こうした新たな様式を生み出し表現することこそが、人間にしかない感性と発想の産物です。

感性はなにも芸術分野に限定した話ではありません。例えば、豊かな感性の発揮なくして良いビジネスは回せません。

他者との関わり

人間は他者と関わらずに生きていくことはできず、そこに人間が新たな価値を創り出す源泉があります。他者と関わることで、あれこれ考え、行動する。動機づけされる。そして様々なものを創造していく。ソーシャルメディアなどテクノロジーの力を借りて、人間は飛躍的に他者との関わりのチャンスを広げ、人間の可能性・創造性を広げ続けています。そのように他者からの多彩な触発を受けつつ新たに発揮され続ける力を、コンピュータは容易に代替ないし超えてはいけません。昨今のオープンイノベーションや共創への注目は、そうした他者との関わりの可能性に期待するムーブメントであり、社会的動物と言われる人間の本領発揮たる活動です。意味調べと書き込みのWikipedia、ソフトウェア開発でのGitHubなどの例を引くまでもなく、コンピュータネットワークと他者の力を柔軟に借りて、人は進化を続ける。他者と上手に関わることは人間の本質に関わり、創造力を担保します。

人間らしさの追求

ここまで主に思考、つまり脳の働きに主眼を置き論じてきましたが、もう1つ忘れてはならない別の切り口の要素として「健康・体力」があります。文部科学省に話を戻すと、初等中等教育の現学習指導要領においては「生きる力を育む」ことが重要、と謳われています。そして生きる力とは、「確かな学力」「豊かな人間性」「健康・体力」つまり知・徳・体のバランスよくとれた力、とのこと(注7)です。教科書的な表現にせよ、人が育つ基盤として、健康・体力(フィジカルなもの)が重要であることに異論はありません。これまで述べてきた発想も、感性も、他者との関わりも、フィジカルの充実を前提、ないし支えとしています。ところでコンピュータが、人が持つ健康・体力に基づく充足感・欠乏感、痛み・快楽、あるいは精神の安定・動揺までを含めたフィジカルの要素も備え、人と同質・同格な知を形成することはできるのでしょうか?いや、無機物のコンピュータに向けたこの問い自体に、そもそも意味があるのでしょうか?(注8)

人の行動とは、何かの情報を獲得し、判断し、行動する、これの繰り返しです。そして、その判断には根拠があります。ある一定の情報を獲得し、判断し、行動するだけならAIにもできるが、「その判断の根拠が何か」について、AIと人間には大きな違いがあります。それが発想、感性、他者との関わりであり、それを支えるフィジカルです。それらを複雑に組み込んだ人間の思考回路(つまり人間らしさ)は、AIが追いつくにはおそらく深遠すぎます。そして人間はそこを磨き続ける必要があります。

まとめ~AIとともに生きる時代

進化が奪うものよりもそれが広げてくれる可能性に目を向けて、とどまることなく推し進めるのが賢明、したがってテクノロジーをどう利用するか、の視点が重要、と多くの識者が述べているのは、本稿前段の議論のとおりです。そのスタンスで、AI時代を冷静に捉えることです。

エリック・ブリニョルフソンは、近著「ザ・セカンド・マシンエイジ」(注9)で、「コンピュータは人間の知的能力の限界を吹き飛ばし、人類を新たな領域に連れていこうとしており、それがどのような形をとるのかは、まだはっきりしない」と言います。確かに、そうです。しかしはっきりしているのは、AI時代はAIとともに生きる時代であり、AIを恐れたりひれ伏したりする時代ではないということ。それを忘れず、人として生き抜くスキルを磨くことこそ肝要です。昔はウサギ跳び、今は筋トレと、フィジカルトレーニングの仕方は30年で一変しました。同じように思考や脳の鍛え方も、どんどん変わるはず。人間は、それを楽しむべきです。

(注1)文部科学省ホームページより(小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ))
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/122/houkoku/1372522.htm
(注2)南場智子氏の講演(教育ITソリューションEXPO 於:東京ビックサイト 2016年5月18日)より
(注3)米長邦雄「われ破れたり~コンピュータ棋戦のすべてを語る」2012 中央公論新社
(注4)「朝日新聞 2016年10月26日付特集記事 朝日地球会議2016」における発言より
(注5)SoftBank 製品情報(Pepperの感情)より
http://www.softbank.jp/robot/consumer/products/emotion/
(注6)大辞林の定義の一。「感性:ものごとに感じる能力」
(注7)文部科学省ホームページより(平成19年度 文部科学白書 第2部 第2章 初等中等教育の一層の充実のため)
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpab200701/002/002/002.htm
(注8)例えば、日本を代表するAI識者の1人である東京大学准教授の松尾豊氏は、自己保存や種を増やしたいという欲求を持つ「生命」と、目的を与えられれば非常に賢い振る舞いをする「知能」を混同してはいけない、と述べている(AERA 2015年6月15日号「AIに奪われる仕事」特集 朝日新聞出版より)。この問いは、その「混同」に近い。
(注9)エリック・ブリニョルフソンほか「ザ・セカンド・マシンエイジ」2016 日経BP社

FUJITSU JOURNAL - に関するお問い合わせ

特集

Fujitsu Asia Conference 2016
富士通フォーラム2016
セキュリティ
進むAIの実用化
IoT・ビッグデータ
環境問題の解決にICTで挑む

人気ランキング

1 サーバを丸ごと液浸して消費電力を30%削減! 斬新な冷却技術でデータセンターに革命を
2 「ムーアの法則」はもはや限界! 「組合せ最適化問題」を解決する新アーキテクチャーを開発
3 動画で見る「富士通フォーラム2017」イベントレポート
4 トップランナーが語る「ブロックチェーン革命」の本質
5 これからのAIが変える日々の暮らし、産業・社会を考える

おすすめ

これからのAIが変える日々の暮らし、産業・社会を考える
AIを活用したデジタルマーケティングでフェリー集客を強化 ~商船三井グループ様事例~
ヤマハと富士通のデザインアプローチによる IoTビジネスの共創
動画で見る「富士通フォーラム2017」イベントレポート

google+もチェック

富士通 Biz News ビジネスに役立つ情報をメールマガジンでお届けします

FUJITSU JOURNAL - に関するお問い合わせ

FUJITSU アプリ

Google+

アンケートにご協力ください

FUJITSU JOURNALをご覧いただき、ありがとうございます。読者のみなさまの貴重なご意見を今後のWEBサイト改善に役立てたいと考えていますので、アンケートへのご協力をお願いいたします。

アンケートに答える»

アンケートにご協力ください

FUJITSU JOURNALをご覧いただき、ありがとうございます。読者のみなさまの貴重なご意見を今後のWEBサイト改善に役立てたいと考えていますので、アンケートへのご協力をお願いいたします。

アンケートに答える»

ページの先頭へ