徹底した数値管理とデータ分析による酒造りへの挑戦[富士通フォーラム2015 セミナーレポート]

[セミナー]山奥の地酒「獺祭」を世界に届ける逆転発想法。食・農分野の生産現場における「知見の見える化」

東京・有楽町にある東京国際フォーラムで、2015年5月14日~5月15日の2日間にわたり開催された「富士通フォーラム 2015東京」。15日には、銘酒として名高い「獺祭(だっさい)」の蔵元である旭酒造株式会社 代表取締役社長 桜井博志氏より「獺祭」の誕生秘話や原材料である酒米「山田錦」の生産拡大にICTを活用した取組みについて、ご紹介いただきました。

旭酒造様は山口県岩国市の酒蔵です。講演の冒頭で、桜井氏は「大量販売の論理から生まれた、酔えばいい、売れればいい酒ではなく、おいしい酒、楽しむ酒を目指してきました」と同社のこれまでの取り組みを話されました。その継続的な取り組みをさらに発展させ、徹底した数値管理とデータ分析の手法をも組み込んで、銘酒「獺祭」は製造されています。

同社では、現在、その数値管理とデータ分析の手法を原材料である酒米「山田錦」の生産現場へ持込み、安定栽培技術の確立を目指しています。

銘酒「獺祭」を生み出した逆転の発想とは

日本酒の業界は、1973年(昭和48年)、第一次オイルショックの年が出荷数量のピークでした。一升瓶100本分が一石ですが、その年に980万石の酒が出荷されています。昨年度の国税庁の発表では335万石ですから、業界の売上げは40年間に約3分の1にまで減少したことになります。桜井氏が蔵元を継いだのは1984年、旭酒造様も最初の10年間で同様に、生産量が2000石から約3分の1の700石にまで落ち込みましたが、その後の30年間で、出荷量で約16倍、金額で約40倍にまでビジネスを拡大させていきました。

その過程で大きな転換点となったのが、純米大吟醸への取り組みでした。当時の旭酒造様の売上げは岩国市内の酒蔵で4番目。もともと旭酒造様は、おもに一級酒や二級酒を地元向けに造る小さな酒蔵でしたが、縮小する地元市場への危機感や、宅配便の発達・ワープロ・コピー機の低価格化など外部環境の変化から大都市圏の市場に活路を見出しました。そして消費者の嗜好の変化を捉え、従来の「酔うための酒」ではなく、「味わうための酒」を目指します。半分以上削った米と水のみで作る純米大吟醸酒への取り組みは、普通酒と比べて高度な技術や設備を必要とし、旭酒造様にとってまさに「挑戦」。山口県産業技術センターから紹介された兵庫県の但馬杜氏の力を借り、あわせて、静岡県食品工業技術センターの河村伝兵衛氏がまとめた吟醸酒作りのノウハウをもとに純米大吟醸造りに取り組み、現在の「獺祭」の礎を築いたのです。

酒造りには、温度の管理と原材料となる米が大切です。純米大吟醸に取り組む中で、旭酒造様では、年間を通じて摂氏5度で真冬の状態を維持できる発酵室を用意し、あわせて原材料も酒米の中でも評価の高い「山田錦」を使用し、「磨き」と呼ばれる精米工程(米を削ること)に工夫を凝らしました。「獺祭」は米を半分以上磨いて造られた純米大吟醸と呼ばれる日本酒です。「磨き2割3分」という商品は実に玄米を77%も削った日本酒になります。磨く割合が多いほど、雑味のもとになるたんぱく質が減り、酒の味はよくなりますが、原価が高くなります。このことについて、桜井氏は、「伝統的な酒蔵からは、『もったいない』、『技術があればよい酒はできるのに』と言われました」と当時を振り返りました。それでも、旭酒造様は「磨きを補う酒造りの技術」よりも、「技術を補う米の磨き」を選択されたのです。この逆転の発想が獺祭を誕生させたとも言えるでしょう。
また通常、酒蔵の経営は酒造りは杜氏に任せ、蔵元はできた酒を売るというのが常識でした。しかし、旭酒造様では酒造りの過程で得られる温度などをデータ化し、杜氏がいなくても年間を通じて酒造りができる環境を整えました。そして通年雇用の社員による酒造りを実現したのです。それもまた銘酒「獺祭」誕生の秘密でもあります。

酒造好適米である山田錦の栽培技術をAkisaiで見える化

「獺祭」の評価が高まり、出荷量が増えるにつれ、課題となったのが原材料である「山田錦」の安定的な確保。ここでも旭酒造様の逆転の発想が光ります。酒造りで培ったデータ化の考え方を米作りの現場でも実践しようと考えられたのです。これまでも山田錦の生産拡大に向けて、各地で農家向けに栽培勉強会を開いたり、講演を行ったりと様々な活動をしていましたが、2014年4月よりICTを活用した山田錦栽培の見える化に着手しました。具体的には、山口県内の山田錦を生産する農家に富士通の食・農クラウド「Akisai(アキサイ)」の農業生産管理SaaSとマルチセンシングネットワークを導入し、日々の作業実績や、使用した農薬、肥料のほか、稲の生育状況、収穫時の収穫量、品質などを農業生産管理SaaSに記録しています。

また、田んぼにはセンサーを設置し、気温や湿度、土壌温度、土壌水分などを1時間ごとに自動で収集し記録しています。定点カメラも活用し、毎日正午に生育の様子を撮影して記録しています。これらの結果から、その地域での最適な田植え時期や肥料の時期、栽培方法の情報を収集し、山田錦を安定的に栽培するノウハウとしてまとめているのです。

桜井氏によれば、従来型の農業の課題は、「今年の夏は暑かったから米がよくできた、今年は冷夏だったから収穫が良くなかったと、結果だけを見て、それで終わりにしていた」ところにあります。「過去の冷夏の年にどうしていたのか、そのときの対策を忘れているし、次に冷夏の年にどうすればいいかのノウハウも蓄積されない」のです。

「Akisaiを使った取組みがこれまでと大きく違うのは、栽培に関するデータを数値化して、よい酒の原料となる米を造っていこうとしているところです。降水量や日照時間をデータ化し、蓄積、分析して、より良い栽培方法の確立に役立てています。そこに旭酒造様が取り組んでいる酒造りとの共通点があるのです。日本酒は長い歴史と文化を通じて育まれた素晴らしい酒ですが、昔の酒造りを再現してもおいしい酒はできません。つまり「伝統の手法」などは存在せず、絶え間ない革新によって今の日本酒があるのです。」絶え間ない米作りの革新を目指すこの取り組みは今後も継続し、2015年度以降も参加する生産者をさらに増やしていきたい考えです。

講演の最後に桜井氏は、「これを言わないと帰れないのですが」と切り出し、「獺祭を飲んでいただきますと、山田錦の生産量が増えます。それが日本の農業のためにもなります。ぜひみなさん、「獺祭」をよろしくお願いします」と会場を沸かせ、講演を終えました。

登壇者
  • 旭酒造株式会社
    代表取締役社長 桜井 博志氏